気づくと、俺は異世界の城の大広間にいた。
「おお、成功じゃ!」
豪華な服装の太ったおっさんが俺を見ている。
「ワシは廃棄物処理担当大臣のステーロじゃ。おぬしを異世界に呼び出したのだ」
「え? あ、はい。俺は佐藤です。ただのフリーターですが……」
状況はよく掴めないが、どうやら異世界召喚されたらしい。寝てたから髪ぼさぼさだ。
「この世界は魔素を含んだゴミで溢れておる。おぬしとそのクルマで、王国中のゴミを取り除いてもらいたい!」
「はぁ……深刻な環境問題っすね」
隣を見やれば、そこには以前、俺が清掃作業員のバイトで使っていた、色あせたゴミ収集車が置いてある。
「あのー……やってもいいですけど、終わったら家に帰してくれますか?」
「もちろんじゃ! 見事任務を果たしてくれたならば、多額の報奨金も約束しよう!」
異世界のカネが日本で使えるとは思えないが、まぁもらえるものはもらっておこう。
「最初の収集地点は城下町の広場じゃ! 実は昨日、ドラゴンが襲ってきてのう。その死骸をどうにかしてくれい!」
「あっはい」
俺はさっそく運転席へ乗り込み、エンジンをかける。くぐもった音が広間に響く。
大臣が見送る中で大広間から通路へ突っ込み、そのまま城門を抜け、外へ出た――。
「うわっ、グロ!」
徐行運転で辿り着いた先には、ドラゴンの巨大な死骸が広場一面に広がっていた。
「う……重……」
重労働の末、なんとか死骸を投入口に詰め込む。
車体は汚れ、予想以上に大変な作業だった。
運転席へ戻り、コントロールパネルから圧縮ボタンを押す。
投入口内のゴミが車内へ取り込まれ――油圧シリンダーが稼働。強烈なプレスをかける。
後は大臣指定の処理場まで運び、一仕事完了。
やれやれ。こんな後処理作業が、これから続くのかよ……。
「頑張ろうな、俺達……」
車を雑巾で拭いてやりながら、自らも鼓舞するように、そう声をかけるのだった――。
それからは王国各地を東奔西走し、魔物の死骸という死骸を集めて回った。
持て余されているというだけあり、どれも一筋縄ではいかない。
ゴーレムとか硬すぎてプレスするのに半日かかったし、スケルトンの骨は途中で復活するから、車内がガタガタ揺らされてうるさいのなんの。スライム系に至ってはホースを使って流し込まないとどうにもならず、ゴミの収集・処理方法にはずっと悩まされた。
「活躍、毎日耳にしておるぞ! おかげで我が王国はどんどん綺麗になっておる!」
「はぁ……」
「それにしても……おぬしのクルマ、前よりどこか、様子が違って見えるのだが?」
「あ、やっぱりそう感じますか?」
二人して、大広間内に停めてあるゴミ収集車を見つめる。
ボディにはいつしか、角や鱗めいた模様が増え始めていた。最初は落ちにくい汚れかと思っていたのだが……。
「まあ異世界の代物、そういう事もあろう! ところで今後、おぬしには通常業務に加え、呪われた武具! の収集も頼みたいのじゃ」
「のろわれたぶぐ……ですか?」
「多くの人間の血を吸った剣! 魔物どもが生み出した暗黒魔導書! その他非常に扱いに困る諸々の処分じゃ。どれも手に取るとヤバイが、クルマなら触れずに回収できよう!」
「いや、それでも積み込むには、俺が触らないといけないんすけど……」
厄ネタなのは分かっていたが断りきれず、渋々いわくつきの品々も集める事に。
やる事自体は変わらないものの、基本的には暴れない死骸と違い、何が起こるか分からないため普段より遥かに慎重な作業を要した。
「――おお、キミが噂の清掃員、佐藤か! 僕は勇者のイーラ・ナイツだ! よろしく!」
魔王討伐の旅を進める勇者一行とも知り合う。彼らも呪われたアイテムの収集を行っていた。
「この峠にある呪魔槍・イカレランスの回収は僕らに任せてくれ! あれは近寄る者すべてに、魔力の槍を降らせてくるからな……」
「げっ、そんなのがあるんすか?」
勇者たちの力もありがたく借り、どうにか依頼された分を集めきる。
「それにしても……なんか、随分様相が変わったな……」
一息ついた頃、改めて車をためつすがめつすれば、その姿は明らかに異常だった。
模様に思われたそれらは車体全体を覆い、触れれば硬質な感触がある。
実際に凄まじい硬度を誇り、途中で出くわす魔物の攻撃にもびくともしないのだ。
あちこちからは触手じみたアームが伸びてうねうねし、目的のゴミを遠距離から掴み、投入口へ放り込む機能が付加されていた。
タイヤはギザギザしたチェンソー状に変わり果て、どんな悪路も削り取って平地にしながら走破してくれる。
「……もしかして、変なもん詰めすぎたせいか……?」
「佐藤! 一つ頼みがあるんだが、聞いてもらえないかっ?」
帰り際、勇者に呼び止められる。なんすか、と俺は車窓から顔を出した。
「志半ばにて果てた、仲間の処分をお願いしたい! 場所はあちらの街道だ!」
「しょ、処分って……あんた達の仲間だったんでしょ……?」
「厳密には、もう仲間ではないんだ! 実は彼、追放者でね。パーティから追い出そうとした途端、猛然と暴れ出したものだから、すごいバトルになってしまって」
「……殺したんすか?」
「やりたくはなかった! 悲しい戦いだった! でも仕方なかったんだ! 事故だったんだよ! 彼もきっと、僕らなどには葬られたくはないだろう! ならいっそ、他人の方が」
もちろん報酬は弾もう、と差し出されたのは、普段大臣から受け取る額の数倍であった。
……恐らく、口止め料も含まれているのだろう。
――俺も召喚される前は極貧生活だった。今の生活は良い物も食えてるし、良い家ももらえてる。少々怪しい仕事だとしても、つい首を縦に振ってしまう。
何より――仲間すら手にかける相手に逆らえば、何をされるか分かったものではない。
ひとまず現場へ向かう。
「……あった。うわグロ」
爆心地には、傷だらけの遺体が転がっていた。
……なんで仲間同士で殺し合ってるんだよ。どうかしている。
目を覆いたくなる有様だが、ゴミと無理に思い込み、投入口へ放り込む。
そしてコントロールパネルから、圧縮開始――した瞬間、後部から悲鳴が響く。
「おい、やめてくれ! 止めてくれ! 我はまだ生きておる!」
えっ? マジで?
しまった、本当に死んでたのか確認してなかった!
慌ててボタンを叩いて止めようとするが、なぜか操作がきかない。
その間にも動作は続き――やがて静まり返る。
「やっちまった……労災降りるのかな、これ」
だが状況は、とうにそんな段階ではなかった。
事故以降、ゴミ収集車は度々俺の制御を離れては、勝手な暴走を繰り返したのである。
ある日、車が突然加速し、目的地と違う方向へ疾走。操作パネルが妙な光を放ち、山奥の魔物の死骸を探し当てた。
別の日には、遠くの呪宝を勝手に吸い寄せ、伸びたアームで分解。
こうした異変が重なるにつれ、俺は次第に、この車が単なる道具ではなくなりつつある事を実感し始めていた――。
事態を重く見た大臣は、ついに俺達を魔物と認定。討伐依頼を出した。
「佐藤! こんな格好で相まみえる事になるとは残念だッ!」
俺の前に立つ勇者達。もはや絶体絶命である。
しかも反対方向の空からは、闇色の光とともに、無数の軍勢が降り立ってきた。
先頭にいるのは、雄々しい角を生やし、マントを羽織った大柄な魔族。
「同胞の屍をゴミのように扱いおって! 許さんぞッ!」
なんと魔王自らが軍を発し、直々に現れたのだ。
俺達は期せずして、勇者パーティと魔王の部隊の両軍に挟まれる形となった――。
するとどうだろう。突如として収集車の投入口が開き、ひとりでにエンジンが稼働し――途方もなく強力な吸引を始めたのである。
慌てて車体にしがみつき、耐える俺。
されど虚を突かれた勇者と魔王達は、その身が浮き上がり――。
みるみる、投入口へ吸い寄せられていくではないか!
俺は必死で運転席へ乗り込み、コントロールパネルを潰す勢いで、叩きまくった!
「そいつらは……ゴミじゃなあぁぁぁいッ!」
渾身の一言が伝わったのか――ぴたりと吸引が止まる。
俺はなんとか車から這い出ると、倒れている勇者と魔王に向けて、叫んだ。
「お前ら、もう戦うの禁止! くっせぇし重いんだよ! ゴミ運ぶの! いいな!?」
「は、はひ……」
――こうして勇者と魔王の争いは終わり、俺の業務も格段に楽になった。
俺とゴミ収集車がこの世界にいる間は、少なくとも戦いは起こらないだろう。
だって皆、ゴミにはなりたくないだろうから――。