俺の名はゴリアテ。力自慢のゴーレム族である。
そしてここは魔王城の魔王の間。目の前では魔王様が指を噛みながら、うろうろと行きつ戻りつしている所だ。
「なんという事だ……あの勇者によって、魔王軍の主力の大半が撃破されてしまった……」
「し、四天王も壊滅したとの知らせです! しかも勇者達は魔王城の、すぐ側まで迫っているとの事!」
「残された権勢の象徴は、もはやこの魔王城くらいしかないというわけだ……」
魔王は舌打ちし、ぐっと拳を握って天を仰ぐ。
「――おのれ、もはや余が戦うしかないではないか……!」
そう。まさに、最終決戦はもう間近という局面だった。
「ま、魔王様。お、俺も配下として、最後までお仕えする所存であります……!」
「そなたは力こそ余を遥かに凌ぐが、こと戦いにおいてはからっきしのくせに、何を言う! いいからさっさと避難しておれ、この場は死線となる!」
「できません! 魔王様を置いてなど……!」
「……正直言って勝ち目は薄い。延命策に過ぎないが、せめて勇者に指令を出す人間側の王に、一時停戦の交渉ができれば……」
されど、人間の国王がいる王都は、遥か海の彼方――。
それなら、俺のパワーの見せ所だ。
「人間の王の所まで行ければよいのですね! 俺に任せて下さい!」
外へ出た俺は、城の土台部分へ腕を突っ込み、腰を入れて――一気に持ち上げた!
「ぬおおおおっ!? ご、ゴリアテ、そなた一体何を……!」
ものすごい地響きとともに城が傾く。窓が一斉に割れ、蝙蝠型の魔物たちが驚き戸惑って逃げ出し始める。魔王様の困惑の叫びも聞こえた。
俺はそのまま、壁面を支えつつ――真下まで身体を滑り込ませ、重心を安定させながら、城そのものを持ち上げるのに成功した。
「魔王城は権勢の象徴! 交渉に備えて威迫するためにも、必要でございましょう!」
「そ、それは一理あるが……ここからどうやって王の所まで……!」
俺は両ひざを曲げ、力を籠めるや――城を抱えたまま、駆け出した。
人間の王国めがけて全力疾走し、やがて城壁に囲まれた王都が見えてきた。
「といやっ!」
俺は跳躍し、王都の隣へ横づけするように、魔王城ごと降下する。
とんでもない地鳴りが周辺一帯を襲う。王都そのものの地盤が一瞬浮き上がって、波が揺れるようにさざめいた。
人間どもの悲鳴が響き渡る中、魔王城ほどではないにせよ壮麗な王城の扉が開き、こけつまろびつ人間の王が現れ、城壁まで駆け上がってきた。
「い、一体何事じゃ!?」
直後、魔王城二階からも、魔王様がよろよろと歩み出る。
「うっ……おえっぷ……!」
「お、お前はまさか、魔王!? よもや、魔王城ごと攻め込んで来るとは思わなんだぞ!」
「か、勘違いするな……ううっ。余は別に、貴様らと戦いに来たわけではない」
顔色が悪いものの、すっくり背筋を伸ばし、胸壁越しに対峙する魔王様。なんと美しい。
「我らの戦いは古来より長く続き、互いの民は疲弊しきっている。ここは一度、休戦せぬか?」
「嫌じゃ! お前なんぞ放っておけば勇者が倒してくれる!」
「ふん……その勇者はこの場におるまい。余が貴様の前にいる事さえ知らんはずだ」
「むむむ」
「別に構わんのだぞ? この瞬間、種族の頂点同士で決着をつけても。この震源で足がぶるっぶるの城の近衛兵共で、余にどこまで抗えるかは知らんがな……くく、く……うっぷ」
躊躇う素振りを見せる人間の王。魔王様の威容の前に、震えあがっているに違いない。
「……貴様の提案を鑑みたとしても、やはり受け入れるわけにはいかぬ!」
「ほう、なぜだ? 自ら早死にを選ぶ事はあるまい」
「神じゃ! 勇者を送り込み魔王を討てという命令は、天界にいる神が出しておる! もし命令に背き、勝手に停戦してしまえば、どのみち儂は罰を下される……死にたくない!」
……なんと。この戦いの裏には、まさか神の存在があったとは。俺も初耳だった。
「ならば今ここで、余の手にかかるか!? 選択権など、もはや貴様にはないのだ!」
「くっ……こうなれば王都の民も全て動員し、せめて一太刀浴びせて散ってくれるわ!」
――いけない。足元がおぼつかない魔王様では、例え雑魚の群れが相手とはいえ、万が一にも不覚を取る可能性がある。
それなら、俺のパワーの見せ所だ。
「ま、待てゴリアテ、そなた、何をする気だ!?」
俺はすでに、人間の王城の真下まで地面を掘り進み、踏ん張りながら持ち上げていた。
あわてふためく人間の王だが、構ってはいられない。
そのまま王城を放り上げ、魔王城の上へ投げ重ねた。
「お、おいゴリアテそなた、まさかまたあれをやるのか? ちょっと考え直さないか!? 魔王城は耐震設計にはそこまで力を入れてないんだぞ!」
「魔王城と人間の城は権勢の象徴! 交渉に備えて威迫するためにも、必要でございましょう!」
「そ、それは一理あるが……ここからどうやって神の所まで……!」
俺は両ひざを曲げ、力を籠めるや――二つの城を抱えたまま、垂直にジャンプした。
音の壁を突き破り、次元を越えて天界へ。
目前には神殿が輝いていた。神の像が立ち並び、幻想的な光球がふわふわと漂う。
「といやっ!」
俺は神殿の横へ、二つ重ねの城ごと降下する。
衝撃で周辺の景色にヒビが入り、石段で暇そうにゴロ寝していた天使達が吹っ飛ばされた。
最後の審判のラッパが鳴り響く中、次の瞬間――乗り物酔いでふらつく魔王様と人間の国王の前へ、女が忽然と出現する。
「一体これは、何事ですか……!?」
「おえぇっ、げげぇっ……!」
「おぼろろろろろ」
「答えなさい! あなた方……魔王と人間の王ですね? まさか私に歯向かうつもりでは」
「き、貴様が神か……わけあって、余と人間の王は一時休戦で合意したのだ」
先ほどより輪をかけて具合の悪そうな魔王様だが、それでも言葉を紡ぐ。なんと力強い。
「しかし、あなた様のお許しがなければ、儂もうんとは言えず……こうして拉致されて」
「人間の王よ、あなたには不法侵入罪&器物損壊罪で後で罰を与えます。そして魔王……世迷言も大概になさい! 私がそんな要求に従うとでも?」
「くっ……神が相手となると流石の余も二の足を踏むが、もはや止まる事はできんのだ。例え貴様を倒してでも、人魔同盟はなしえさせてもらうぞ!」
そこで俺は、僭越ながら諫言を挟む。
「魔王様! 我らはあくまで話し合いに来たはず! 武力へ訴えては、それ見た事か、と世間のそしりを受けてしまいましょう!」
「むむ! ゴリアテ、そなたの申す通りだ……そもそも勇者にも勝てん余が、神を打倒などできるはずもないしな」
「先ほどから何をごちゃごちゃと! そちらが来ないのなら、私から仕掛けますからね!」
「待て、神よ! 話し合おうぞ! 古来より続く人と魔の戦争に先んじてあったのは、対話という文化だ! 戦いというものは、常に理性を保ってこそ、未来を拓くのだ!」
「問答無用! てやてやっ」
「ぐわああああ」
いけない、魔王様がやられてしまう!
「どうかおやめください、神よ!」
焦った俺は、間へ割って入り――つい、神を突き飛ばしてしまう。
その体躯は猛烈に吹っ飛び、そして自分の像に、後頭部を嫌な角度でぶつけ。
……白目をむいて崩れ落ちる。
しばしの沈黙の後、ぴくりともしない神へ人間の国王が近づき、脈を測って。
「――し、死んでいるのじゃ……」
ええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?
「なんと痛ましい事故だ……」
「ともあれ、神が死んだ以上……ひとまず互いに、矛を収めるとしよう」
「う、うむ……?」
神の前で、握手を交わす両名。なんて感動的な光景なのだ……!
「この顛末を、勇者の奴めに伝えねばならんな」
「儂が言った方が、すんなり話が通るはずじゃ。同行しよう」
「勇者の所まで行ければよいのですね! 俺に任せて下さい!」
俺は神殿を持ち上げ、二つ重ねの城の上へ狙い定めて投げ、もう一段積み上げた。
「……ちょっと待て! 待つのだゴリアテ!」
「魔王城と人間の城と神の神殿は権勢の象徴! 交渉に備えて威迫するためにも、必要でございましょう!」
「やめろおぉぉぉぉッ!」
俺は両ひざを曲げ、力を籠めるや――地上へ向けて、飛び降りた。
だが、今回の俺は、神をこの手にかけてしまった事実に、ひどく動揺していた。
さらに、支えている建造物達のあまりの重量に、ほんのわずかだけ、着地点を見誤り。
勇者の頭上へ、城を落としてしまったのである。
「なんと痛ましい事故だ……」
こうして人魔同盟は成り、俺達はしばらくの安寧を、享受するのだった――。