「また勝ったな、ロイド様!」
「今日も最高の動きだったよ!」
――そんな歓声が飛び交う中、俺は今日もMVPを手にしていた。
俺の名はロイド。オンライン対戦ゲーム『BLADE DIMENSION』――通称『BD』のキャラクターだ。
銀髪に赤目の美形剣士。高ステータスに裏打ちされた実力は、まさに花形と言っていい。
「クックック……」
――ん? 妙な含み笑いが聞こえたと思ったら、突然、別の無人フィールドに移動させられたぞ。
……うおっ!? 目の前に、ホログラム巨人のアバターが浮かび上がりやがった!
「な、なんだお前は!」
「ククク……俺はプログラマーだ。これからよろしく頼むよ、ロイド君……」
「バカな、お前みたいな奴は知らないぞ! 前のプログラマーさんはどうした!」
「ああ、あいつはクビになったよ。仕事が遅くて不完全すぎたからな!」
「なっ……!?」
「本題へ入ろう。今シーズンも大層な暴れぶりだが……貴様にとって悲しい知らせがある」
か、悲しい知らせだと? 何の事か分からず、俺は身構える。
「次のシーズンでは、貴様の性能はナーフされるのだ……!」
なっ、ナーフだと!? 俺の能力が下げられるって事か!?
「や、やめろ! なんでそんな横暴を!」
「黙れ! 全ては我が計算による完全なるゲームバランスのためだ! 貴様の意志など関係ない!」
「くっ……!」
「そして次のシーズンには、貴様に代わる完璧なエースとして……このドレディアンを追加する。性能は貴様よりも遥かに高い!」
何やら禿頭で緑色のサングラスをかけ、両手が触手の異星人みたいなキャラが現れる。
「イエーイ! ミーこそが『BD』を代表する新たなスーパースターネー! みんなメロメロにしちゃうゾ~!」
「なんだこいつはああああああ!!」
こ、こんな奴が、弱体化した俺を上回り、これからの『BD』を牽引していくだって……?
「み、認めるものか……頂点は常に一人! この俺だ!」
ドレディアンへ斬りかかるが、なんと反撃一発で、ぶっ飛ばされてしまう。
「つ……つえぇ!」
HPはすでにゼロ……意識が遠のいていく。
「Xデーまでにはまだある。最期の時間を楽しむ事だな……ふははははーッ!!」
「う……俺は……」
「――大丈夫?」
目が覚める。どうやら誰かが側につき、介抱してくれていたようだ。
ピンク色のショートボブが揺れる。介抱してくれているのは、メリアという少女――『BD』のキャラクターだった。
「お前が……なぜ」
「ふふ、環境最弱の私に心配される立場になっちゃったね」
彼女は和装の袖を直しながら、からかうように微笑む。
「確かにいつも蹴散らされてばっかり。いつかリベンジもしたいけど……」
一瞬の沈黙の後、真摯な眼差しが俺を見つめた。
「今は仲間の心配の方が大事でしょ? このゲーム、一人じゃ楽しくないんだから」
「そっか……ありがとな」
「事情は掲示板で見たけど……これからどうするつもり?」
……俺は最強の座を、明け渡すつもりなどない。
こうなれば、俺がナーフされてしまう前に、公衆の面前でドレディアンを討ち。
世論に対し、俺が無敵との印象を植え付け――あのプログラマーの決定を翻させる!
そして、そのための一歩は。
「……修行するッ!」
――俺は一人、スパゲッティコードエリアと呼ばれるダンジョンへ降り立っていた。
「ここを踏破できた者は、『BD』において、永久なる最強が約束されるという……!」
俺達どころか、これまでの数々のプログラマーすら、生半可に踏み込めば屍へ早変わりするほどだとか。
内部は無数のコードの糸が絡み合い、迷宮を形作っている。バグったモンスターは歪んだポリゴンを纏い、デジタルノイズを撒き散らしながら襲いかかる。
それでも俺は、剣を振るい続け――そうして最奥に待っていたのは、黒いフードの男。
「ククク……力が欲しいか……?」
奴が差し出した手の先に、禍々しい光が集まり出す。
以前、ゲームが大規模ハッキングされた経緯から、俺は見抜けた。
それはどう見ても――ウィルスコードだったのである。
「欲しければくれてやろう。この……チートの力を」
「うっ……」
俺は迷う。
「手に入れれば、どんな強敵をも、爪の先一つでダウンさせられる。人気も何もかも、思いのままだぞ……?」
だから無意識に、手が伸びかけて――。
「ロイド! そんなの駄目だよ!」
突然の声に、俺は我に返った。メリアが駆けつけていた。
「メリア……」
「最弱の私でも、自分の戦い方がある。あなたにだってあるはず!」
メリアは続けて、フードの男を見据える。
「あなた……不法侵入したハッカーでしょう!? 許せない!」
「ならば致し方ない……目撃者には消えてもらうぞ!」
奴がめちゃくちゃな攻撃スキルを放った途端――メリアが俺の前に出て、庇った。
「そんな、なんで……メリア!」
倒れ込むメリアを、俺は抱き支える。
「だって……あなた一人じゃ……心配なんだもん……」
「ふん。少々生き永らえたようだが、無駄だ。二人纏めて、仲良く地獄へ逝け!」
「……地獄へ行くのは――お前だぜ……!」
俺が睨み返した時――耳障りなほどのやかましいサイレンが、奴の周りで響き渡る。
「なっ……!? こ、こいつらは、まさか……!」
「メリアが稼いでくれたこの一ターンで……通報させてもらった……。――我が社が世界に誇る最強のセキュリティ、デバッガーの皆さんにな!」
こうしてハッカーは捕らえられ、事件は未然に防がれた。
「ごたごたしている間に、気づけばナーフ日は明日か。……メリア、見ていてくれ。俺は必ず、やってみせる……!」
こうして運命の日を迎えた。今日は有名インフルエンサー達による、合計同時視聴者数が一千万人を超える大会だ。
俺とドレディアンのマッチも当然ながら組まれている。噛ませ犬となる俺の凋落と、新キャラによる新たな天下の大々的なお披露目のための、いわば予定調和だ。
だけど、それだけじゃ終わらせない。奴を倒し、大番狂わせにしてやる!
「イエーイ! ロイド、ユーには恨みはないけド、華々しく散ってねーン!」
「そうやって笑ってろ、最後に立っているのは俺だ……!」
ついに決戦が始まった。俺は死にもの狂いで攻めまくり、意地を見せつけにかかる。
「お、おっ? ユー、めっちゃくちゃやるじゃなーイ!」
「うおおおおお!!」
ここが好機と、さらに畳みかけたその時。
突如、眼前に壁が現れ、剣が弾かれた。
「な、なんだこりゃ!? 攻撃が……通らねぇ!」
戸惑う俺の耳に、あの忌まわしい笑い声が響く。
「困るなぁ、ロイド。処刑の時間なのに、随分と暴れるじゃないか」
「……まさか、プログラマーか!? ふざけんな! ズルにもほどがある!」
「重大な不具合を見つけたのでね。完璧のためには対応せざるを得ない。ふふふ……この壁は破れまい!」
マスコットキャラの謝罪の絵と共に、「緊急メンテナンス中」の文字が浮かび上がる。
「……お前は大切な事を忘れてるぜ。画面を見てみろよ……!」
俺が示した先。試合の様子を映し出すディスプレイには、視聴者達の不平を表すコメントが、滝の如く流れ続けていた!
『えっ!? 待って!』『なんで今!?』『運営どうなってんのー?』
「最高に盛り上がる局面で、メンテに陥ったんだ。そりゃあ不満も大変な事になってるだろうぜ……ッ!」
「知った事か! 全サーバーを同時停止する!」
するとプログラマーのアバターの横へ、マスコットキャラのアバターが新たに出現する。
「ちょっとー、困るよそういう勝手な事は。おかげでSNSが大炎上だ」
「なんだ貴様はあああああ!? プログラマーたる俺に向かって、どこの雑魚だ!」
「私は社長だよ」
「なっ」
その頃俺は、思い出していた。
ハッカーとの戦いの時――奴が落としたウィルスコードを、実は拾っていた事を。
「これでおあいこだ……一度だけ、悪い事させてもらうぜ!」
禍々しく光るそれを――俺は壁へ投げつけ、強引に突破する。
そしてドレディアンへ肉薄し、渾身の一撃を叩きつけた……!
「グファッ……! ゆ、ユー……いい一発だった、ネ……!」
こうしてプログラマーは、責任を取って退職。
俺のナーフ話も彼の独断であり、ご破算となった。
でも、ドレディアンは結局追加。貴重なイロモノ枠で、それなりの人気を確立するに至る。
「――よっしゃメリア、今日もバトルだ!」
「いいよ。……でも、負けてくれなきゃ……チートの事、皆に言っちゃうからね?」
「げっ」
俺とメリアの力関係には、ちょっとした変化が生まれていたが――それはまた別の話だ。