別に忘れてもいいんですよ。
と言うか、普通なら忘れるとこですよ。
傭兵なんて、基本そういう商売なんですから。
ただね、やっぱり最初の南東辺境領で皆に仕込まれたことが俺の中にはがっちり根付いていましてね。
まあ将棋もその一環なんですがね。
帝国内の何処に雇われても何だが、帝国に危機をもたらす様なものに対しては危機意識を持て、と教えられたんですね。
そうすれば何処であれ、帝国の勢力圏内なら傭兵でいられる、と。
逆にそれを無くした時、帝国はお前を地の果てまで追って殺しに来るだろう、と。
まあ誇張はしてましたさ。
それでもやっぱり若い頃のそれはでかいんですよ。
あのイスパーシャの一件は、どうにも宜しくない。
属国とは言え、一応国の体裁を取っているところの王族に捜査をかけるには、それ相応の手順があると思うのですね。
忌憚なく言わせていただければ、あの妾妃達を暗殺した首謀者は第二王子、正妃の息子です。
そう、だからお家騒動と申しました。
しかしこの王子は、このお家騒動に大陸の傭兵集団を持ち込みました。
これは確実に宜しくない。
その王子が王位についた場合、その一件を持ち出された場合、イスパーシャ王国自体が帝国の穴になりかねません。
自分は、この自由に傭兵をさせてくれる広大な帝国を愛しております。
ですが「ただ捕まった」だけでは陛下にこちらの言葉が伝わるまでには様々な邪魔が入るでしょう。
それ故に「どうせ捕まるなら」とこの将棋大会で勝つことを選びました。
特に、この円盤将棋で。
*
「……盤を持て」
皇帝は、その場に居た侍従に命じた。
「円盤だ。なおかつ一番細かいものと大量の駒を」
ガングル・バレスを名乗る男は、突然の皇帝の行動に目を瞬かせた。
だが、もしや、という思いも彼の中には巡った。
皇帝と打つことができる――?
「自称ガングル・バレス、其方が話した状況を、この円盤上に配置してみよ。もし南の大陸からイスパーシャを通して帝国に攻め入ることがあるするならば、どういう可能性があるのか。そして私は其方の述べる条件下で、どう防衛するのかを試してみよう」
皇帝はそういうと、長丁場になるから、と飲み物と食料を用意させた。
ガングル・バレスは条件提示をあらかじめ用意させた紙に記し、その上で駒を配置させだした。
「成る程」
皇帝はそれを見て、自身も駒を配置させだした。
「とりあえず想定しているこちらの軍はルイミ王国、エンテト王国、そしてヨルセン公領だ。主になるのはヨルセン公領。ルイミもエンテトも基本は属国故、自国の利益が優先する。帝国のために国を投げだそうということはない」
「ですね」
「では始めるか」