「まあ儂としては、正直チェリ王家がどうなってもいいが、そこから麻薬が広がるのは困る。北は其方等の辺境領だからいいが、トアレグとチェリが下手に組んでその南や、帝国本土の各部族にじわじわ麻薬を売り込まれると困るんでね」
「チェリやトアレグは防波堤なんですね?」
バルバラは問いかけた。
そうだ、と陛下は軽くうなづいた。
「大陸の東、向こうには海を越えてまた別の国がある。そちらからの脅威に対しては、海岸線の属国は何事においても防波堤であってくれねばならない。そして常にその意識もな。こんなことでゆるゆるになってもらっても困る。時には気を引き締めろ、というところだな。あとやはり、この実行犯の一人であるデタームの意図が知りたい」
「何故そこまで?」
「此奴に利が無い。こんな分かり易く違法な取引をやっていたなら、いずれ判るのは目に見えてる。わざわざそう見せたい様な気もする」
「彼だけではないと」
「そこで資料にもあったな? デタームの旧友、やはり王室に教師として入っている元留学生、セルーメ。確かお前等のところに一年程滞在していたろう?」
「はい」
「どう思った?」
「聡明なひとでした」
「それだけか?」
「留学生だった流刑者に本を渡していました」
「その後何かあっただろう?」
「お恥ずかしい。まさかと思っていましたが、脱走者が出ました。その後捕らえた者もおりますが、完全に見失った者も」
「ラルカ・デブンだな。セルーメが手引きした可能性は」
「大です」
バルバラは淡々と答えた。
正直、あのセルーメさんの名が資料の中に出てきた時には俺達二人とも驚いてあたふたした。
まさか、と何度も資料を見直した。
だが、確かにセルーメさんが本を渡した後、妙な音が響き渡ることが時々あった。
セルーメさんも不自然に窓を開けてハモニカを吹いていた。
その音色が良いので、後で俺達はそれをまとめて送ってもらったことがあるくらいだ。
だがそれが脱走につながっていたとは。
「通常なら脱走者は春か秋の祭りの騒ぎに乗じるのに、と時期的にもおかしく思いました。でも確かに、普通の脱走者はその後のことを考えないので道中で発見されることが大半でした。生死問わず」
そう、春秋のどさくさに紛れて脱走する者は、辺境伯領の広さを頭に入れずに行く者が大半だ。
何故ここに流刑者が集められるか。
それは厳しい自然という広大な檻が存在するからだ。
歩いて行くだけでは簡単に行けない距離、唐突に現れる凶暴な獣、そして秋に脱走したならば、すぐにでも訪れる季節の変化。
それらを突破するには、外部からの支援が必要なのだ。
その支援をセルーメさんがしていたというのは、彼と結構な時間過ごしてきて、敬愛もしてきた俺達には相当な衝撃だった。
だが、デタームの親友であるという帝都時代の聞き取り調査の資料もある。
そして帝都時代には二人とも将棋の名手だったことも。
「おお、そう言えば、バルバラは将棋はできるか?」
「駒を動かす程度です。私より彼の方がまだましかと」
そう言って俺は四角八路盤で陛下と手合わせすることになってしまった。
あっさり負けたが。