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第4話 「お嬢さん」とのきっかけ

 案の定、氷は割れた。

 親指だけ別の手袋で、子供は懸命に氷を掴む。

 俺はとっさに背中の薪を下ろして、縁に膝をつき、手を差し出した。

 遠い!

 長めの薪…… 駄目だ!

 服を一枚脱いで、ロープの様に投げてみた。

 それでも長さが足りない。

 そうやっているうちに、小さな子供の身体は、だんだん冷たさに力を失っていく様――

 指が外れる!

 いやこうこれは仕方ない!

 俺は上着を放り出して、氷の上に乗った。

 途端にそれは、ばきばきと割れる。

 下半身が一気に濡れる。

 だがおかげで子供を掴み上げることができた。


「おい、ちょっと、お前」


 ぺちぺちと頬を叩く。

 よし、意識はある。

 俺はそのまま、脱いだ上着でその子供をくるむと走り出した。

 走りながら、自分のズボンが凍り出すのが判る。

 だがそんなこと言ってられない。

 放っておけばこんな小さい子は確実に死ぬ。

 春と言っても、冬よりは暖かいというだけのことだ。

 池はこうやって多少緩むが、それでもまだ水を撒けば氷が張る。

 一番近い家は何処だ? 

 走りながら俺は考える。

 そして気付く。

 領主様のお館だ。

 そんなところへ連れこんでいいんだろうか?

 でも落ちた子は一刻を争う。

 俺はお館の門番のところに飛び込んだ。


「すいません、この子が氷割って落ちて……!」


 走って走って走ったせいか、そこまで言った俺は咳き込んでしまった。


「落ちた? そりゃ大変だ。……って、お嬢さん!?」


 門番は俺の腕を引っ張って、お館の中へと連れ込んだ。


「てぇへんだてぇへんだお嬢さんが池に落ちた! 湯だ湯だ火だ火だ!」

「何だって?」

「おい本当か?」

「何だって、まあ!」


 ともかくお前も行け、とばかりに俺はその「お嬢さん」と同じ場所に連れ込まれた。

 厨房、大きな暖炉がある前に、「お嬢さん」も俺も服を剥がされ、ぬくぬくの毛皮を巻かれた。


「この上着、お前のか?」


 ともかく沢山の人がやってきたので、誰が誰だか判らない。

 はいそうです、と下半身の服を下着以外剥がされ、ぬるま湯に漬け込まされたまま俺は答えた。


「よかったよかった…… お前の上着が乾いてたおかげで、お嬢さんは凍らずに済んだよ。お前はは凍傷大丈夫か?」

「走ったのが良かったかも」


 力一杯走ったせいで、内側から熱を発することができた。

 突然暖かい場所に入ったせいで足全体がむずむずとかゆいが。

 水に浸からなかった上半身はぽかぽかしていたくらいだ。


「その上着は託児所のだよな。……にしては、ずいぶんお前、でかいよな」


 そう言いながら、また別の誰かが、暖かい飲み物を手渡してくれた。

 甘い。

 何だろう。とろっとしたものだ。


「よく言われます……」

「走ってこのくらいの池って、あそこかい」

「誰だいお嬢さんから目を離したの」

「きゃあお嬢さん! すみませんすみませんちょっとだけだったのに……」


 そんな人々の声を聞きながら、何だか頭の芯がとろんとしてきて、俺はその場で眠ってしまった。

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