案の定、氷は割れた。
親指だけ別の手袋で、子供は懸命に氷を掴む。
俺はとっさに背中の薪を下ろして、縁に膝をつき、手を差し出した。
遠い!
長めの薪…… 駄目だ!
服を一枚脱いで、ロープの様に投げてみた。
それでも長さが足りない。
そうやっているうちに、小さな子供の身体は、だんだん冷たさに力を失っていく様――
指が外れる!
いやこうこれは仕方ない!
俺は上着を放り出して、氷の上に乗った。
途端にそれは、ばきばきと割れる。
下半身が一気に濡れる。
だがおかげで子供を掴み上げることができた。
「おい、ちょっと、お前」
ぺちぺちと頬を叩く。
よし、意識はある。
俺はそのまま、脱いだ上着でその子供をくるむと走り出した。
走りながら、自分のズボンが凍り出すのが判る。
だがそんなこと言ってられない。
放っておけばこんな小さい子は確実に死ぬ。
春と言っても、冬よりは暖かいというだけのことだ。
池はこうやって多少緩むが、それでもまだ水を撒けば氷が張る。
一番近い家は何処だ?
走りながら俺は考える。
そして気付く。
領主様のお館だ。
そんなところへ連れこんでいいんだろうか?
でも落ちた子は一刻を争う。
俺はお館の門番のところに飛び込んだ。
「すいません、この子が氷割って落ちて……!」
走って走って走ったせいか、そこまで言った俺は咳き込んでしまった。
「落ちた? そりゃ大変だ。……って、お嬢さん!?」
門番は俺の腕を引っ張って、お館の中へと連れ込んだ。
「てぇへんだてぇへんだお嬢さんが池に落ちた! 湯だ湯だ火だ火だ!」
「何だって?」
「おい本当か?」
「何だって、まあ!」
ともかくお前も行け、とばかりに俺はその「お嬢さん」と同じ場所に連れ込まれた。
厨房、大きな暖炉がある前に、「お嬢さん」も俺も服を剥がされ、ぬくぬくの毛皮を巻かれた。
「この上着、お前のか?」
ともかく沢山の人がやってきたので、誰が誰だか判らない。
はいそうです、と下半身の服を下着以外剥がされ、ぬるま湯に漬け込まされたまま俺は答えた。
「よかったよかった…… お前の上着が乾いてたおかげで、お嬢さんは凍らずに済んだよ。お前はは凍傷大丈夫か?」
「走ったのが良かったかも」
力一杯走ったせいで、内側から熱を発することができた。
突然暖かい場所に入ったせいで足全体がむずむずとかゆいが。
水に浸からなかった上半身はぽかぽかしていたくらいだ。
「その上着は託児所のだよな。……にしては、ずいぶんお前、でかいよな」
そう言いながら、また別の誰かが、暖かい飲み物を手渡してくれた。
甘い。
何だろう。とろっとしたものだ。
「よく言われます……」
「走ってこのくらいの池って、あそこかい」
「誰だいお嬢さんから目を離したの」
「きゃあお嬢さん! すみませんすみませんちょっとだけだったのに……」
そんな人々の声を聞きながら、何だか頭の芯がとろんとしてきて、俺はその場で眠ってしまった。