「おーいバルバラぁーーーっ! 居るかぁぁぁぁぁぁ」
大地を木々を揺るがす程に響く旦那様の声。
既に館の中は探したのだろう。
ひょい、と俺は声のする方を見上げる。
木々の葉の間に間にその姿が見えた。
「判るか?」
バルバラは見上げる俺に問うた。
「あー、三階の窓からですねえ」
「どれ」
そう言いながら彼女は俺の背中によじ登ってくる。
そして肩車の位置に陣取ると。
「あ、本当だ。行かなきゃな」
「ちゃんと下りて下さいよ」
「ちっ……」
そのまま行かせようとした目論見が分かり易すぎる。
ひょい、と肩に手を置いて身軽に飛び降りた彼女の頭は、俺の胸と腹の間くらいにしかならない。
どうもこれが時々彼女をイラッとさせるようで。
「……ったくお前、本当ににょきにょき伸びて。羨ましいったらありゃしない!」
「別に俺だって好きで縦横伸びた訳じゃないですよ、そういう血筋なんですってば」
「血筋血筋言うなら、父上も母上もあんなに大きいのに!」
まあそう言いたい気持ちは判る。
彼女の両親は俺ほどではないが、相当大柄だ。
沢山居るきょうだい達も、大半は大柄に育っている。
その中では彼女はかなり小柄だ。
そして今後の成長も見込めない。
十六、七ではもう成長も止まってしまっている。
妹達よりも背が低いことをどうにもこの姫は時々きりきりと歯がみするのだ。
と言っても、そのすぐに後にはけろっと忘れているのだが。
「行くぞシェイデン」
「はい」
そんな俺は彼女の専用護衛騎士だ。一説にはお守り係とも言う。
ついでに言うと、一応婚約者なのだ。
*
「バルバラ参りました!」
「遅いぞ!」
「父上の声の届く範囲が広すぎるんですよ!」
「そうか!」
そう言い合ってる二人の声自体、廊下に筒抜けなんだが。
いや、俺は常に彼女に付いているから何だが、護衛騎士の詰所に戻ると同僚達が今日はどのくらい届いたとか言ってくる訳だ。
おかげでこの館と来たら、本当に裏表が無い。
少なくとも知られていいことは。
「して今日は何ですか?」
「おお、あー、あれ、来たぞ」
「あれとは」
「陛下のあれだ」
「来たんですか」
「来ちまったんだ」
「嫌ですが一応聞きます。何処ですか?」
「チェリ王国だ。うちと国境接してる南の方だな」
「あー…… 確か、ちゃらちゃらした宮廷と弱い軍隊持ってるとこでしたっけ」
「まあな。確か陛下が独自に調べさせた資料によると、最弱の軍隊を持ってるらしいぞ。いやもう武を軽んじるけしからん奴等ではあるな」
「全くですな。で、あれの内容ですが?」
「うむ。あそこの第一王子の婚約者になって、探ること、だそうだ」
「嫌ですねえ全く」
「仕方あるまい。今ちょうどいい歳がお前なんだからな。それに今回の事案では、お前が行く方が、他の姫達よりあぶり出しやすいだろうよ」
そう言いつつ、旦那様――ザクセット辺境伯は、一抱えもある資料を彼女に渡した。
まあその資料はそのまま俺の手に移動するのだが。