まあそれで、しばらくしてクイデ様は無事降嫁されたらしい。
いやもうあれだけ実は惚れ込んでいるんだから、そうそう戻ることも無いだろう。
そもそもあの方は本当にこのチェリの宮廷は居づらそうというか、狭苦しそうだった。
ので、違ったところでのびのびと暮らしていただければいいと思うのだ。
で、そんな報告をしてくれる方、が最後の一人なのだ。
「マリエラーっ! 遠く離れた愛しい妹から手紙が来たわよっ」
そう言いながら駆け込んでくるのが、ここの院長の服を着ている方。
実際には院長ではないのだが、院長と同格ということでまとっているのだ。
「そういうことを大声で言わないで下さいユルシュ様……」
ほほほほほ、と彼女は手をひらひらと上下させながら、私を手招いた。
ちなみに本日はその時書類整理をしていた。
私は数少ない読み書き計算がちゃんとできる収容者だったので、この類いの仕事は定期的にどん! とすることになっている。
「ということで借りてもいいかしら院長?」
「は、はい。ぜひよしなに……」
二人で仕事をしていた本物の院長は、この脳天気な口調の自分の上司には頭が上がらないのだ。
現在この救貧院を実質動かしているのは院長とその部下だけど、何よりその上に、各地救貧院全体を統括している地位の方が居るのだ。
元々は正妃様とエルデ様だったのだが、エルデ様が女王の座に就かれた(そう、もう就いたのだ)ので、現在は太后様となったローゼル様と、この第二王女ユルシュ様がその座にある。
さてこのユルシュ様というのが、なかなか私としてはよく判らないひとだった。
色仕掛けでセイン王子に迫っている時も、実に私に友好的だった。と言うか、このひとは一見誰にも本当に友好的なのだ。
だから色仕掛け時期にはとりあえず対応をできるだけ流してきたのだが。
「やっと貴女とゆっくりお話ができるわっ」
ここに来てからというもの、実は一番時間を割かれているのはこの方に対してなのだ。
そして私を外に連れ出すと、いい天気ねえ、などと言いつつベンチに座る。
「それでどう? 何か書類に今のとこ問題は?」
「あー…… 書類作成する、立場の高い中でも計算ミス、多いですね
「ミス? それとも意図的?」
「ミスです」
私はきっぱりと言う、
「できれば計算ミスをきちんと補う様な教育が欲しいですよ。確かめ算的なことができる様な。あと、暗算するのが基本的に皆下手ですから、そういう基礎的な教育を全体に取り入れて欲しいです。そうすると、管理する側がピンはねしていた時に、下から声が上がりやすいですから」
「成る程。実際王都以外でも『計算ミス』はよく起きているらしいのよね」
なおこの会話は非常に小声でされている。