「理由はわからないのですが、ともかくく母君に絶望はしてなかったと思います」
「そう言えば、私があれこれ後で言ったことに、お兄様、驚いてたわね……」
「まあその辺りが、お父上の陛下の方に似たのかもしれませんが…… 良くも悪くも物事を信じやすい、素直な方なんですよ。ただそれは為政者としてはちょっと問題なんですがね」
「そうよね」
手厳しい。
だが間違ってはいない。
「カイシャル先生は、善政ができる国とそうでない国の話をしてくれたことがあったの」
そう言えばこの方も、アカデミー出身の教師付きだったのだ。
「帝国の様に、既に強者として地位が確立している国。皇帝陛下は状況如何でずっと善政を敷くことができるんですって。きちんとその下の者がその法や役割に従って進むうちは。もしくは、そう簡単に周囲から攻められることがない国。たとえば、遠くにぽつんとある豊かな島国みたいなものだったら、それは可能かもしれないって。でもうちの国は駄目だって。帝国の属国であることを常に念頭に置いておかないといけないって」
その意味で、セイン王子から奪った認識は明らかにまずいのだ。
彼がもし「善政」を王として敷こうとしたら、まあてんやわんやになってしまうこと、間違い無いだろう。
「クイデ様が第一王子だったら、あの計画はきっと成功しなかったでしょうね。途中で頓挫していたと思いますよ」
「どうかしらね」
「私の様な色仕掛けに絶対捕まらないでしょう? その前に、教えられる内容に、何処か違和感を覚えて、納得するまで別のひとにでも聞きまくりますよ。だからこの計画は成功できなかったはずです」
「その素直なところはマリウラは好きだったの?」
「さて」
どうだろう、と空を見上げた。
「夫にするには、頼りないですね」
「言えてる」
くくっ、と私達は笑い合った。
「で、話はずいぶんずれましたが、クイデ様の婚約者の方はどうなのですか? 頼りになりそうな方ですか?」
「……私はその辺り客観的な判断ができないから」
と切り出して話し出した。
曰く。郊外に馬で狩りに出た時、お昼にしようと言った時に、ぱっと空を見たら瞬く間に鳥を射落としたこと。
それをまたあっという間にさばいてくれたこと。
「うわ、凄い、って私はもう目をぱちくり」
更に続けた。
曰く、自分も馬はある程度乗れるつもりだったけど、まるで相手には敵わない。
というか、相手は自分のペースに延々合わせてくれた。
それでもこう言った、「遠乗りにここまで付き合ってくださった令嬢は初めてです」と。
む。
更に曰く、綺麗な飾り物を胸に付けているので訊ねたら、それはお守りだということ。
小さな石を幾何学模様に編み込んだそれが気になってまじまじと見ていたら、その翌日似た様な感じのものをもらったということ。
そしてまた、それは刺繍細工でも構わないんだ、という話を聞いたら、つい刺繍道具を取り出してしまったこと。
私は言った。
「のろけですね」