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第10話 不器用な正妃様と⑤

「ではお喋りをする際に、その楽な服を着ている様な気持ちにおなり下さい。私のことは、山のこだまだの、大きな袋だの、そういうもののおつもりでいらっしゃれば良いかと」

「其方は優しいな」

「この先生きていく上で少しでも条件を良くしようと思っているに過ぎません」

「まあ、そういうことにしようか」


 正妃様はそう言ってようやく微笑した。


 そんな訳で、何かとお話しに来る様になった訳だが。

 表情の方も固まってしまっていて、なかなか動かないと言われた時は参った。

 貴婦人の微笑みという奴はできるらしい。

 だが、心から笑ったのはいつだったろう、と言われた時には少し私は泣きたくなってしまった程だ。

 そんな訳で、私が救貧院に住み込んで働く様になる前も後も、この方は何かと吐きだしにいらっしゃる。

 ただ、ずっと公の立場でしか動いてこなかった方は、ゆっくりゆっくりと吐き出すことで自分の気持ちを陛下に伝えることもし始めているらしい。


 で、今日は洗濯物を干している時にセイン王子が来て、畳んでいる時に正妃様がいらした訳だが。


「聞いて欲しいの」


 軽く手を合わせながら、質素な格好をした正妃様は微笑みながら私の側にやってきた。


「今日ね、陛下がそろそろ自分達は離れに移ろうか、というお話をして下さったの」

「離れへ?」

「ええ。今日ね、お茶の時間に、乳母や侍女に習って焼いてみたお菓子、それをお出ししたの。すると陛下、いつもと少し味が違うが、とおっしゃるので、不味いですか? と私が訊ねたら、あまり甘くなくて良い、とおっしゃったの。そして私が作ったのです、と言ったら、目を丸くなさったのよ。その後で離れに移る話が出たの」


 そうですか、と私は笑顔で大きくうなづいた。

 この方は本当にそういうことをして来なかったのだなあ、と私はしみじみ思った。

 公務に追われ、「貴婦人の手慰み」すらする時間が無かったのだと。

 簡単な菓子作り、刺繍、自身の小さな庭や温室を持って好きな花を植えさせたり、時には自身で摘んだりすること。あとは楽器。

 そういうことを一通りいつか嫁ぐ相手のために、と覚えてきたにも関わらず、三十何年も封印してきたのだ。

 それらの捨ててきたことを、最近は一つ一つ拾い集める様に正妃様はやり始めている。


「もしかして、今日のボンネット」


 するとやや恥ずかしそうに頬を染め、手を当てる。


「ええそうなの。昔いい色だと思って、買ってしまい込んでいた布で、作ってみたの」

「よくお似合いです」

「この先どんどん白髪も増えて行くでしょう? それにも似合うものを作ることが、できたらいいな、と思うの」

「陛下は何とおっしゃいましたか?」

「まだ見せていないのだけど、どうおっしゃるかしら」


 その姿は、どちらかというと少女の様で。

 私はこの方の話を聞くのが、最近は少し楽しくなっている。


「ああそうだわ。クイデの結婚は早まることになったとエルデが言っていたわ」

「そうなんですか!」

「あの子は事件以来、ずっとこつこつ荷物をまとめていた様なの。大丈夫かしら」


 さて。

 どうなることやら。

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