まあそんなことで、私はそれなりに充実した日々を送っている。
空いた時間には新聞だけでなく本もある。
買い出し当番の日は仲良くなった同僚と楽しく出かけられる。
ところがそんな折りにこのやたらに耳分の高い坊ちゃんがこそこそとやって来たのだ。
しかも「俺はどうしたらいいんだ」と泣き言を言うために。
救貧院の院長には、どうやら姉君の伝手で話を通しているらしい。そもそもこの救貧院を担当しているのは、第一王女のエルデ様なのだ。
ただ、このたびの騒動の結果、すぐにでも次の女王に就かなくてはならなくなったので、担当は元々共に活動してらした第二王女ユルシュ様になったらしい。
そのユルシュ様経由で、「心を病んだ青年が彼女と話がしたいから」ということで自由に出入りしているということだった。
まあこの自由に出入り、という辺りで、彼がどれだけ見捨てられているのか判るというものだ。
「見張りとか従者とかその他もろもろの人々は?」
「さあ。最近気配が無いんだ」
最初にやってきた時、呆れて私はそう訊ねた。
返ってきた答えがこうだ。
「以前はずいぶん沢山の気配がありましたのにね」
「全くだ」
自嘲してまたうずくまってしまう。
駄目だこりゃ。
「だったらせめて、とっとと自分の頭の認識を変えるべくむ勉強したらどうですか?」
「だって俺、自分の知識の何処が合っていて何処が間違ってるか判らない」
「だったらデターム氏くらいの教師にまたつけばいいでしょう!」
「この歳になって?」
「何言ってるんですか、私がちゃんと読み書き計算を覚えたのは十三の時ですよ。そもそもここの人々はですね、それすらできないからこれからでも習おうっていうひとがいるんですよ! 中には五十六十の身体を壊したひとだって居るんですからね!」
「それにくらべれば、か……」
「こんなところに来ることを姉君に頼むより先に、その辺りを直すための教師が欲しい、というのが先でしょうが!」
「うん、そうだね」
そう最初の頃罵倒したら、彼は何かすごすごと戻っていった。
そして院長から、どうも新しい先生をつけたらしい、という噂を聞いた。
だったらもう来ないだろうと思っていたら、まあその先生が嫌味を言ってくるとか、色々愚痴りに来るのだ。
「愚痴っても私はただ罵倒するだけなんですがね?」
「それでいいんだ。君の罵倒が俺は聞きたい」
「被虐の趣味があるんですか?」
そういうことではないとは思うのだが、まあそこはそう言ってやった。
要するに、本当のことをずけずけと言ってくれる者が誰も今は宮中には居ないのだろう。
まあ、私の被害者ではあるので哀れだとは思う。
だから頼まれた通り相手はする。
のだが、仕事は邪魔されたくない。
こちらにもこちらの仕事があるのだ。
それにもし私という存在へ未練で来るならそれはそれで男としてどうなのよ、と思う。
なので、私は容赦無く今の彼を見て思うことを言ってやることにしていた。
嫌になってとっとと宮中で自分の立ち位置を思い出しなさい、だ。