「またそんなとこに居るんですね! 言いたいことがあるならこそこそせずやってきてくださいよ!」
お忍びでやって来る奴その1は、そう言うとまたおずおずと入ってくる。
なお「その1」というくらいなので、「その2」「その3」まで居る。
しかも普通は絶対私に会いに来るとは思えない奴だ。
とぼとぼと、質素に見えるが実は上等のシャツに、一見ただの騎士あたりの下履きの男が雨天洗濯場に入ってくる。
ええ、普通内心でも「奴」なんて呼んではいけない立場の人物だ。
「……何をしてるの?」
「見て判りませんか? 雨が降ってきたからシーツを取り込んで、だけどまだ乾ききっていないから、この広い場所で欲し直しているんですよ」
乾いてない? とこの男――第一王子セインは近づいてくる。
シーツに触れると、確かに、という顔をする。
「本当だ」
実際に触れてみて、彼は驚く。
「貴方のその服だって、一度洗えば良いお天気の日でないと洗って乾きはしないんですよ」
「こんな服でもか?」
「こんな服と貴方おっしゃいますがね、それ、何処から調達したか判りませんが、木綿でも上等の品でしょう? 新しいし。そういうのはなかなか乾きも遅いんですよ。貴方のお忍びのためだけにぱぱっと着てまた脱ぐためのものとしては、洗濯する側も手間が要るんです」
なるほど、とまた彼はこちらの嫌味も判ったのか判らないのか、ただひたすらに感心する。
まあ、万事がこうだ。
私がこちらに移送された後、この王子様ときたら、まあちょくちょくやってきては、私のすることを眺めに来て、私の罵声を浴びて行く。
「だいたい貴方、暇なんですか? こんな日までここに来たりして」
「ああ、暇なんだ」
ぱん、シーツの端を伸ばしていた私の手が止まった。
壁際の段差に腰を下ろし、彼は虚ろな目で私の挙動を追っている。
もうかつての様な、恋に踊らされている視線ではない。
「暇とは言え、自分を振った女のところにやってくるとは。他に行く場所が無いんですか」
「宮中には、無いな」
ぽつんと彼は言った。
公開裁判の様な場で、彼は王太子候補としては完全に外された。
待っているのは飼い殺しか、臣籍降下か。ともかく王宮ですることは既に無い、と見切られたのだろう。
「いっそクイデの様に国外の何処かに婿に出すとかなら楽なんだろうが」
「無理ですよ」
私はぴしゃっと言った。
「そうなのか?」
「だって貴方が一番壊された部分って国際関係の知識じゃないですか。付け焼き刃の知識の私でも気付けましたよ」
「では皆は」
「まあ言えなかっただけでしょうねえ。何と言っても第一王子様でしたから。それに、デターム氏もまた巧妙に事実と嘘を織り込んでましたからねえ。貴方がその辺りをきっちり感覚として学び直さない限り、外になど出してもらえませんよ」