さて決勝戦だ。
少し長めの休憩の後、皇帝陛下のお言葉があった。
初めて見た陛下は、俺達より少し年上くらいの偉丈夫だった。
「先ほどから見事の戦いである。ぜひ最後の最後まで全力を尽くす様に」
俺達は三人して、深く礼をした。
さあ始めよう。
ずっと昔、最初に六角盤を皆ではさんだ時のことを俺は思い出す。
あの六角盤を初めて手に入れて、三人で夢中になった夏。
あれが俺達の最後の夏だったんだな、と打ちながら、つい考えてしまう。
とは言え、お互いに対して一手一手が厳しいことは変わらない。
ただ、二人にもまた、堂々と外で三人で、六角盤を挟んで真剣に打ち合ったあの夏が何処かにある。
そんな手が、随所随所に見える。
だからこそ、三人ともお互いの王の駒をこれでもかとばかりに追い詰めていった。
盤の隅に追い詰めて追い詰めて、そしてそこから突き落とす様に。
そう、王はいつも、俺達にとって敵だった。
俺達二人の女王を連れ去ってしまった、たまらなく理不尽な敵だった。
少しだけ気を逸らすと、皇帝陛下と辺境伯令嬢が近くまで下りてきていたのに気付いた。
無論そういうことは大会決勝ではよくあることだ。それは知っていた。
ただ、本当に今の今まで気付かなかった。
この王を先に憎々しげに蹴散らした盤面を、二人はどう見るのだろうか。特にバルバラは。
あのブラフとして置いた「第三側妃の遺書」が何処まで本気で、何処まで嘘だったのか、彼女はこれを見て気付くだろうか。
参加している彼女がセレジュであることを、あの場で死んだのは替え玉だったことを、検視に関わった彼女は気付いているだろう。
それを王家に報告するかどうかは別として。
そしてまた俺は盤面に集中する。
だが、その駒の動きが、やや方向性が変わってきた様に見える。
歩兵の位置が、次第に皆同じ形を取ろうとしている様な。
ああ、そうか。
俺は彼等の意図に気付いた。
傍目には、それぞればらばらに動かしている様に見えても、最終的には違う色を持つ駒、それぞれがそれぞれの動きを封じて、模様を描く様な。
引き分ける様に。
これは、と皇帝陛下の声が聞こえた様な気がした。
ざくざくと広場の小砂利を踏む音も耳に入る。
決勝戦は棋譜を元々記録しているのだが、それと同時に、配置を絵にして描き出していた。一手毎に。
「よし」
バーデンの声がした。
奴の手は尽きた。
セレジュも同じだ。
そして俺の方を二人は見た。
最後の一手。
そして全ての駒の動きが止まる。
ふう、と俺達は同時に息をついた。
「……ひ、引き分け…… これは、引き分けです!」
「これは何と美しい」
令嬢の声もする。
俺は彼女の方を黙って見据える。
視線が合うのは何年ぶりだろう。
さて君は、一帯これを見てどう思うか。
歩兵を置くことで遮りつつ、ぎりぎりまで中心に女王を置いた配置。
女王を、皆生かしたかったのだと。
その意味を、君は判ってくれるだろうか?
そして俺達は皇帝陛下の前に立った。
「見事である」
「ありがとうございます」
誰ともなく、声が出た。
そして、次の瞬間俺達は、三人してがっ、と抱きしめ合った。首を抱え込んで。
首の後ろに、痛みが走った。
溶ける様な眠気と共に、呼吸が奪われる感覚。
足の力が抜ける。
バーデンの仕入れた純度の高い阿片と、即効性の毒を体内に入れるための刃。
視界がゆっくりと下りて行く。
遠くで騒ぐ声がする。
セレジュには濃いめの阿片を。少しでも楽に。俺達の女王様。
ゆっくりと、俺の視界は闇に沈んでいった。
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帝紀***年
六角盤将棋ミツバチ杯優勝
(三者引き分け)
ファルカ・アレイン
バーデン・デターム
カイシャル・セルーメ
なお三者ともその場にて自害にて、感想戦等は無し