「いやあ~奥さん強い、強すぎだよ!」
その場で出されたのは、ごく一般的な野良将棋の際に使う九×九の四角盤だった。
帝都ならもっととんでもない盤を引っ張ってくる者も居るが、それ以外ならこれが普通だ。
「え、奥さんそんな強いの? 俺も!」
「いや俺だ」
とばかりにセレジュの周囲には何人もの男が列を成した。
「俺の奥さんばかり疲れさせるなよな」
そう言ってバーデンも別の盤で他の男達と対戦をする。こっちはこっちで容赦が無い。
「あんたはどうなんだ?」
「まあ、俺は止しておくよ」
俺達以外との他者との対戦に、セレジュの笑顔が弾けまくっているのを見ている方がいい。
バーデンは一応「奥さん」に対する牽制も兼ねているが、奴は奴なりに将棋を楽しんでいる。
考えてみれば、俺は何だかんだで外に出ている日々が長かったから、野良将棋もあれこれやってきた。
だがバーデンの機会は、セレジユ程ではなくとも相当削られてきたのだ。
俺は俺で手を汚してきたが、奴もまた麻薬というもので相当の人間の未来を潰してきた。
そちらに振り向ける時間はシビアで長かった。
だからこそ今は。
ああ、こいつも本当に楽しそうだ、と。
翌日、宿の主人が「面白かったから礼だ」とばかりに多めの弁当を作ってくれた。
わあありがとう、とセレジュは無邪気に笑って受け取った。
「ミツバチ杯に出るなら、あんた等を応援するよ」
「ありがとうございます」
そう言ってね三人して再び旅路を急いだ。
ただし、帝都に着いてからはややセレジュが体調を崩した。
何せ旅なぞ全くしたことのない女だ。
いくら馬車だと言っても、当人が大丈夫だと言っても、尻に負担が来た様だ。
付いて適当な家を「ミツバチ杯の期間一杯」という様に借りる。
帝都ではそういう借り方はよくある。
俺達が着いた時にはちょうど古都路杯が終わったばかりで、上手いこと家が空いたばかりだった。
こうなると、後はひたすら大会に向けて六角盤とミツバチ縛りで打って打って打ちまくるしかない。
セレジュはベッドに横にうつ伏せになって、ちょうどいい位置に置いた盤で俺達と対戦する。
「やっと自由に打てるのよ! 格好なんて構うもんですか!」
その目は殆ど血走っていた。
彼女の頭の中には置いてきた子供達のことも、置いてきた侍女のことも何も無い。
今はただもう、自分の達の最期の時まで、ひたすら打つことだけを楽しまなくては、という思いだけだったろう。
最期。
そう。俺等は俺等なりにけじめをつけなくてはならない。
既に大会登録は偽名で済ませてある。その間は安全だが、それが終わった時に――