それと同時くらいに、俺はセレーデを国外の実業家をしている下級貴族へと嫁がせた。
親父はせっかくの可愛い孫を、と嘆いていたが、そこは彼女との約束だったし、そもそもあれは本当の孫ではない。
夢は夢のままでいた方がいいものもある。
そして相当弱ってきていたファルカをセレジュの元に送り込んだ。
この時のファルカは髪を黒く染めていた。
ただそれでも洗えば落ちる類いなので、普段はボンネットを着用させていた。
セレジュは侍女の一人に欠員が出たということにして、彼女を側仕えにしたのだ。
そして更にその中で、第三側妃の気まぐれで、お気に入りの最側近にしたということに。
帝都近く出身で話が面白いから、ということに周囲には説明していた。
無論それだけではないが、そこは全ての自分の周囲を駒として把握しているセレジュには造作の無いことだろう。
死角で俺達は国内最後の打ち合わせをした。
「ファルカはもう正直、気力で生きているんだ。済まないが、気を遣ってくれるとありがたい」
「当然よ」
セレジュは真剣な表情でうなづいた。
「何が何でも、その日まで、少しでも楽に身体で居ていただくわ。あの馬鹿息子が、どの時点で行動を起こすのかは謎だけど」
「その日」まで、セレジュはファルカと時々入れ替わりをする、と言った。
周囲の人間の目を慣れさせるためだった。
そもそもセレジュの顔を知っている者は少ない。
ボンネットをして顔を丸出しにした状態のセレジュが居たとしても、殆ど誰も判らないのだ。
そして雰囲気だけなら、セレジュの格好をさせればファルカは確かにその身代わりとして通用する。
実際に会わせてみて本当にそうだと思った。
「そりゃ、確かにそうだよな」
俺はバーデンに向かってやや皮肉を込めて言った。
ファルカにかつて此奴が通っていたことは、セレジュには内緒だ。
あくまで彼女は帝都付近で見つけてきたセレジュと年格好と雰囲気の似た女性だ、とだけ言ってある。
「あとはその時が来るまでね」
「その時までは、君次第だ。もしファルカがそれまで保たなかったら――」
「何が何でも保たせるわ」
「第二案だよ」
「……判ったわ。それはそれで何とか私の領分で考える」
そして俺達は王都を出た。
ただし、バーデンは王都のすぐ近くの町に陣取り、俺は国境近い町で移動のための物資の調達に励みつつ待機となった。
決行日はマリウラ経由でプレデト=ラルカが「侍女のファルカ」に伝えることになっていた。
ファルカ本人は、できるだけ側妃の再側近として私室に詰めていることになっていた。
やがて決行日がセインの誕生日だ、ということをマリウラが掴んだ。
セインは彼女の両手を握ってこう言ったそうだ。
「俺も成人すれば、それなりに発言権も出る。
と。
マリウラはその言葉がおかしいということを知ってはいたが、そこを突っ込まない様に、と義父に言われていたので絶対に顔にも出さなかったらしい。
その情報を入手した俺達は、日をずらして移動を始めた。
先に俺が国外に出た。
そしてセインの誕生日の前々日に、黒髪の「侍女のファルカ」が、身体の調子がすぐれないので王宮を辞して、故郷に戻るということになった。
王都を出るまでは宮殿の馬車の中でも質素なものが送り出してくれる。
そこからは、ファルカとして徒歩で王都の外に出る。
そこにバーデンが待ち受けているはずだ。
俺はその頃には、国外に出ていた。
そして国境を閉鎖されるまでに二人がやっってくるのを待ち受けることにしていた。