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36 辺境伯令嬢の宮中登場

「……母が長くないことは、お父様がいらっしゃる前から判ってはいました。ですから、今生きていること自体が不思議だと思ってもいます。母は薬で抑えたり我慢したりですが、だんだん、私が抱きついた時にしこりが感じられる様になってきたのです」

「……そうか」

「だから最期までついていたいとは思ったのですが…… その瞬間を、私から奪う許可を、ということなんですね」

「ごめん」

「謝るくらいなら、最初からしないでください。何かしらの道具に使おうとしているとは思っていました。それが私だろうとも」

「そう思ってたのかい?」

「妙齢の女は、現在の王子様達の側妃候補にと、皆宮廷に差し出すのでしょう? 帝都ではそういう話は子供でもよく知っていました」


 俺は苦笑して彼女に返す。


「この国は、帝国程裕福ではないから、そんなに沢山の側妃は迎えられないよ」

「私ではないと」

「そう。だから、さっき言った通り、君のお母さんを最期の瞬間まで貸して欲しい。そういうことなんだ」

「母はそれに納得して、こちらに来たんですね」

「ああ。君の先々のことも考えて」

「だったら、一つお願いがあります」

「俺にできることなら」

「私をこの国以外の場所へ嫁がせてくださいませ」

「外に?」

「はい。お父様は母を使って何かするおつもりなのでしょう?」


 真剣なまなざしが俺を見据えた。


「その前に。相手は問いません」


 そう言えば、帝都の子供達は皆妙なところで聡かったな。

 ふと、野良将棋をしていた頃のことを思い出した。

 彼女は俺が何かした後の、自分の身の振り方を考えているのだ。

 内容が大きければ大きい程、「その時」国に居ることは娘という立場としては危険だ、と察している。


「わかった。親父に言ってできるだけ早くいい縁談を国外に探してもらう」


 ありがとうございます、とセレーデは言った。



 そしてまた幾らかの時間が流れ、とうとう麻薬ルートの件で皇帝陛下が動いた。

 辺境伯令嬢を第一王子の婚約者に、と命じてきたのだ。

 バルバラ・ザクセットがとうとうチェリ王宮にやってきた。


「これから宜しくお頼み申し上げる」


 まずその口調にセインは面食らった。

 バルバラは普段から常に辺境のままの衣服を身につけ、馬にはまたがり、時々自分の護衛騎士と剣の稽古をも庭でしている。

 時にはセインもそれに駆り出されていいた様だが、どうも彼は元々武術はさほど好きではないのか、辟易していた。

 まあ正直、セインの好みからして、バルバラは完全に外れていた。

 まだその頃は時々クイデに顔を出したので、そのついでに見ることもあったが。

 ただ俺は、バルバラとは顔を合わせない様にしていた。

 彼女は俺のことを知っている。

 クイデの教師として居たことは知っていたとしても、この計画中に宮中で顔を合わせるのは避けた。

 そしていい加減セインも嫌気がさしてきているだろうという頃に、マリウラを投入した。

 美しく成長した彼女は、軽やかな足取りで宮中を闊歩する。

 その姿に案の定セインが惹かれた。

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