「……母が長くないことは、お父様がいらっしゃる前から判ってはいました。ですから、今生きていること自体が不思議だと思ってもいます。母は薬で抑えたり我慢したりですが、だんだん、私が抱きついた時にしこりが感じられる様になってきたのです」
「……そうか」
「だから最期までついていたいとは思ったのですが…… その瞬間を、私から奪う許可を、ということなんですね」
「ごめん」
「謝るくらいなら、最初からしないでください。何かしらの道具に使おうとしているとは思っていました。それが私だろうとも」
「そう思ってたのかい?」
「妙齢の女は、現在の王子様達の側妃候補にと、皆宮廷に差し出すのでしょう? 帝都ではそういう話は子供でもよく知っていました」
俺は苦笑して彼女に返す。
「この国は、帝国程裕福ではないから、そんなに沢山の側妃は迎えられないよ」
「私ではないと」
「そう。だから、さっき言った通り、君のお母さんを最期の瞬間まで貸して欲しい。そういうことなんだ」
「母はそれに納得して、こちらに来たんですね」
「ああ。君の先々のことも考えて」
「だったら、一つお願いがあります」
「俺にできることなら」
「私をこの国以外の場所へ嫁がせてくださいませ」
「外に?」
「はい。お父様は母を使って何かするおつもりなのでしょう?」
真剣なまなざしが俺を見据えた。
「その前に。相手は問いません」
そう言えば、帝都の子供達は皆妙なところで聡かったな。
ふと、野良将棋をしていた頃のことを思い出した。
彼女は俺が何かした後の、自分の身の振り方を考えているのだ。
内容が大きければ大きい程、「その時」国に居ることは娘という立場としては危険だ、と察している。
「わかった。親父に言ってできるだけ早くいい縁談を国外に探してもらう」
ありがとうございます、とセレーデは言った。
そしてまた幾らかの時間が流れ、とうとう麻薬ルートの件で皇帝陛下が動いた。
辺境伯令嬢を第一王子の婚約者に、と命じてきたのだ。
バルバラ・ザクセットがとうとうチェリ王宮にやってきた。
「これから宜しくお頼み申し上げる」
まずその口調にセインは面食らった。
バルバラは普段から常に辺境のままの衣服を身につけ、馬にはまたがり、時々自分の護衛騎士と剣の稽古をも庭でしている。
時にはセインもそれに駆り出されていいた様だが、どうも彼は元々武術はさほど好きではないのか、辟易していた。
まあ正直、セインの好みからして、バルバラは完全に外れていた。
まだその頃は時々クイデに顔を出したので、そのついでに見ることもあったが。
ただ俺は、バルバラとは顔を合わせない様にしていた。
彼女は俺のことを知っている。
クイデの教師として居たことは知っていたとしても、この計画中に宮中で顔を合わせるのは避けた。
そしていい加減セインも嫌気がさしてきているだろうという頃に、マリウラを投入した。
美しく成長した彼女は、軽やかな足取りで宮中を闊歩する。
その姿に案の定セインが惹かれた。