プレデト・ランサムとなったラルカ・デブンは元の屋敷から王都近くの都市に引っ越した。
そしてマリウラの教育に熱心にとりかかった。
熱心どころではない。厳しすぎる程厳しかった。何せただの庶民の、教育を殆どされていない娘を淑女にするのだ。知識やマナーは無論、仕草、言葉づかい、庶民なまりを消すことまでも含まれる。
加えてダンス、歌、ピアノといったものも。
だがマリウラはそれについてきた。
「今までの暮らしに比べれば、美味しいご飯も食べられるし、綺麗なドレスも着られるし、勉強もできるし」
プレデト=ラルカはそもそもが帝国アカデミーの出であるため、学問を教えるのは自身で充分だった。
ただ、淑女としての教育に関しては門外漢だったので、外から教師を呼んできた。
「ピアノは…… 残念ですが、本当にある程度、までしか」
それは仕方がない。あれはどんな令嬢であっても、ほんの小さな頃から手を動かしていなくては人前での演奏はできない。
「ただ、ダンスに関しては非常に素晴らしい上達です」
元々運動神経が良かったこと、店で既に客の間をすり抜けて給仕をしていたことで、足が鍛えられていたのだろう。
「マナーと言葉に関しては、逐一気をつけるしかございませんね」
それでもマリウラはついてきた。
そして、しばらくは安定した日々が続いた。少なくとも俺には。
バーデンの方もルートの安定と同時に、微妙にそれが存在することを外に見せる様になってきた。
心配なのは、ファルカの身体だった。
「お父様!」
人前ではそう俺を呼ぶセレーデは、会いに行くと、常に母の心配をする。
彼女自身は、歳を追う毎に美しくなってきた。
そこは娼館の売れっ子であった母親の血を引いているのだろう。
そもそもバーデンが通っていた辺りは、娼婦と言えどもある程度客を選べる場所だったのだ。
だからこそ彼女も、性格のせいもあるが、きっちりと引退することができたと言える。
「ああ、俺のお姫様はまた綺麗になったね」
「お忙しいとは聞いてますけど、時々はお顔を見せてくださいませ」
母のために、とは言わない。
あくまでファルカはここでは乳母なのだ。
「でもそろそろ教えてくださいませ」
人が聞いていないところで、セレーデは俺に訊ねた。
「何故お父様は私達を引き取ったのですか?」
「言わない方がいいことが、大人にはあるんだよ」
「母の昔の馴染みの方がご友人だということは聞いています。だからと言って私共々引き取るというのは、やはりよく判りません。特に母は病気だというのに」
「昔から、そう思っていた?」
彼女は黙ってうなづいた。
「昔は、どう申し上げていいのか判りませんでしたから。ですが、こちらに住まわせていただいて、色々学ぶ様になってから、やはり奇妙なことが多いと思ったのです」
「そうだね。そろそろ覚悟しておいてもらった方がいいかな」
「覚悟……?」
「ファルカを君の元から、永遠に連れ去ってしまうことを許して欲しい」