それからラルカ・デブンが来るまでに、俺は侯爵家の名義関係の書類を一気に書き換えた。
それまでの侯爵一家は隠居し、ランサムという架空の人物を作り上げ、新たな当主に据えた。
印章等が本物であったため、提出したそれらの書類はさほど難なく受理された。
元々ランサム侯爵自体が、貴族の位自体を面倒なものに思っていることは、案外知られていた。
だからとうとう隠居して、ただの貴族階級になってのんびり暮らすなりするのだろうなあ、と宮廷では思ったらしい。
とは言え、全く親戚筋から質問が無かった訳ではない。
そこにはしばらく家族で旅に出るという話を付けておいた。
家族で、というところがポイントだった。
元々のランサム侯爵はともかく自分の一家を大切にしていたので、家族まるごとで旅に出るなら、それはそれでありなのではないか、と親戚筋は思った様だった。
その後、領地を近場の良心的な貴族に委託した。統治の代わりに、収益の大半を渡す、という条件で。
やがてデブンが脱走に成功して到着した。
彼には空になった屋敷の鍵を送っておいた。
そしてかつて侯爵が死んだ部屋に、手紙と当座の資金を置いておいた。
資金については逐次渡す、とりあえずは以下の条件の娘を探し、侯爵令嬢として宮廷に出られる様に五年以内に仕上げろ、と。
ちなみにこの資金は、バーデンが開いた麻薬ルートからのものだった。
あちらはあちらで、上手いこと広がっている様だった。
手紙で様子を聞くばかりなので、細かいことは判らないが、トアレグ産の阿片はそれまで医療用に数量限定で輸入する分だったが、バーデンは飛び地を利用して茶と共に大量に持ち込ませた。
それをまた、社交的な彼の、茶ルートの友達――自身ではなく、紹介された知人の方に、そっと広めていったということだった。
無論阿片ということは言わず、心地よい眠りに誘う香という名目だった。
当初は本当に少量。
本当に香だった。
利き茶と聴き香の集団は趣味の系統が近いことから、知り合い同士がかぶっていることが多かった。
そこで茶の知り合いから香の知り合いへと広げていき、通常の香に阿片を加えたものを広げていった。
それは本当にじわじわとした広がり方だった。
バーデンは自身が疑われないことに対しても慎重だった。
じわじわと、阿片香の虜になって行くにつれ、次第にもっと強いものが欲しくなっていく者が出てくる。
そうなると、今度は裏ルートからの購入になる。
もっと強いものを、もっと頻繁に。
だが買えない値段ではない、おかしくなってしまうと表に出て全体の犯罪が表沙汰になる――
その辺りのバランスを、バーデンは顧客の資質と資産というものを見極めて、ここでも駒を上手く動かしていた。
その上がりのある程度が、入れ替わったランサム侯爵家の収入へと変わっていった。
一方、ラルカ・デブンはプレデト・ランサムと名乗り、領内の町エシレで条件に合う娘を見つけ出した。
その娘、マリウラ・ハットゥンはその当時まだ十三かそこら。
破産した家から居酒屋に売られたのは十歳ぐらい。
もっと歳が上がったら、客を取らそうというのが見え見えだった、と後でラルカ=プレデトは言っていた。