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33 井戸の側、手を汚す。

 結果、第一案は却下された。

 一応話し合いには行った。

 そこへは伯爵家から追放された元分家筋の男を連れていった。

 多額の借金から逃げ出したくなった男に俺は声をかけた。

 ともかく自分のやったことに怯え、逃げ出したくなっている奴を誘うのは容易だった。

 ちなみに伯爵家から追放されたそいつは、俺のことを知らなかった。

 偽名だったから、と言ってしまえば何だが、俺自身が若くして領外に出てから滅多に親戚筋との付き合いを絶っていたから、というのもある。

 しかもそいつは、伯爵家の後継に選ばれたことで、分家の子爵家の風来坊の顔なぞ知ったことではない、という態度だったのだ。

 一帯誰がこいつを推挙したんだ、と俺は腹立たしい限りだった。

 いくら彼女自身が前伯爵夫妻を消したとは言え、家自体は彼女の実家だ。

 それを他家に吸収させる羽目になった奴、そいつを推挙した奴に関して俺は怒っていた。

 だからこそ、こいつにはそれ相応の仕事をしてもらおうと思った。

 ランサム侯爵家への話し合いについて来させ、まず第一案を出した。

 そこで了承してくれれば、本当に良かったのに、と俺は思う。

 名だけでいい、とも言った。

 侯爵家の名が欲しいのだから、と。

 だがランサム侯爵は、そもそもできるだけ宮廷のいざこざそのものと関わるのが梃子でも嫌なのだ、と言った。

 ここで、ただ領民達と平和に暮らして行くことだけが望みなのだ、と。 

 惜しいな、と俺は思った。

 本当に良い領主だろうに、と。

 そこで俺は「やれ」と元伯爵の男に命令した。

 武術は俺同様修めていた奴なので、丸腰の侯爵とその妻は、声一つあげる間も無くその場に転がった。

 そしてまた折良く、子供達もやってきた。


「どうします?」


 と元伯爵は聞いてきた。


「外に連れてって売り飛ばしますかね?」

「いや、……」


 黙って手を横に引いた。

 男は怯えて動けない子供達もその手に掛けた。

 ただ、一人だけ外に逃げ出した。

 どうします、と奴が聞いたので、そこにはこう答えた。


「俺が行く」


 さすがに、自分が全く手を汚さないというのはもうできない、と思った。

 最後の子供は庭の井戸の近くまで逃げ出した。

 怯えながら、目を見開きながら、後ずさりする子供を、井戸のヘリまで追い込んで、一息に喉を切り裂いた。

 そしてそのまま、井戸へと落とした。

 地獄に行くな。さすがに。

 俺は子供が落ちる音を聞きながら、思った。


 惨劇の起こった部屋は一旦閉ざし、元より多く無かった召使い達には、こう説明した。

 侯爵は急に遠距離の旅に出た。しばらくこの屋敷は閉めるので、一旦宿下がりして欲しい、と。

 その後、自分は知り合いの某子爵で~と彼等がうんざりするほとくどくどしいでっちあげの説明をした。

 その上で急な用事の内容と、彼等に言わずに済まなかった、という話を付け加えて。

 はあ、と人の良い彼等は旦那様にもそんなことがあるんだなあ、と疑うことが無かった。

 どれだけ彼等が「旦那様」を信用しているか。

 それを思うと、本当に惜しい領主を殺してしまったものだ、と思った。

 彼等は俺から出したやや多すぎる程の給金を手にし、それぞれの故郷へと戻っていった。


 遺体の始末をしたのは、その後だった。

 俺達は既に頭が相当マヒしていたに違いない。

 夜の闇の中、地が漏れない様に絨毯を切ってくるんだそれを、一つ一つ井戸に落としていった。


「それで俺は、これからどうすればいいんですかね」


 元伯爵は作業が終わった後、井戸の前で俺に訊ねた。


「約束した金は渡す。それでほとぼりがさめるまで、何処へでも行け」

「判りましたよ、セレーメの次男坊」


 いつの間にそれら気付いたのか。

 その口調には、いずれまた俺を探し出し、金を無心するだろうことが目に見えた。

 俺は即座に奴の腕を捻り上げ、接近した位置で、左の鎖骨から真っ直ぐに剣を突き立てた。

 辺境伯のところで騎士達に教わった方法だ。

 短剣であっても、確実に心臓を刺せる暗殺法なのだ、と。

 絶命したのを見届けて、俺は奴をも井戸に叩き込んだ。

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