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31 ラルカ・デブンの脱走

 ずらりと現在も残っているかつての過激思想のために流刑にされた者達が並ぶ。

 総勢六名。

 これだけなのか、と思ったが、この地に身体がついていけずに死んだり、思想の完全な転向をして監視つきで社会に戻ったり、様々な理由でここから出ていったのだという。

 そしてその中に、見覚えのある顔があった。


「君、確か、以前……」

「またいらっしゃいましたか」


 嫌そうな声で、ラルカ・デブンはそう言った。

 以前に見た時よりずっと老けていた。

 目もどんよりと暗い視線をこちらに向けてきた。


「最近出た、人気の小説なんだ。君等にぜひ楽しんでもらいたくて」


 そう言って俺は彼等に一人辺り十冊の本を渡した。

 皆、あーそうですかありがとうございます、という反応だった。

 まあ判る。

 わざわざ外に居るお気楽な貴族がちょっとした関わりがあるというだけで、いいことしてやった気になっているんだろう、と。

 そう思うのは当然だ。

 まあいい。

 ただ、一応渡す以前に、彼等がここから出られる囚人なのかどうかは聞いていた。


「外で人を殺してる者は駄目だ。思想犯として転向しても出られない。それと出たいと思わぬ者」


 ラルカ・デブンは後者だろう、と俺は思った。

 渡しても無駄だろう、と。

 さてこの本の、ある一冊には「脱獄のすすめ」なるパンフレットを入れておいた。

 そしてもしその気があるならば、合図をせよ、と。

 夜に窓を開けてとある曲を楽器で吹く。

 それに対して、参加するならばその一時間後に決まった数、よく響く薪を使い知らせること、と。

 俺は小さなハモニカを持っていた。帝都に居た頃に覚えたものだ。

 それで夜、窓を開けて懐かしい曲を吹いた。

 一時間後、とある数の、薪を叩く音がした。

 俺は驚いた。

 まさかの、ラルカ・デブンだったのだ。

 本には一人一人別の回数と間隔の音を立てる様な指示メモを入れていた。

 他の者は既にあきらめているのか、家庭を持っているのか、そもそも本を開くここともしないのか。

 まあ様々な理由があるだろう。

 それでも一人二人ひっかかる者が居るのではないか、と思っていた。

 だがそれでも何故彼が。


 翌日直接彼に会った時、その理由が判った。

 現在の流刑地の様子をきちんと聞き取りたい、ということで、彼を指名し、相変わらず護衛騎士つきで話をした。

 淡々とデブンは日常を説明する。

 朝何時に起床、仕事は、食事は、その他の待遇は、祭日には囚人達で集合し、辺境伯からの差し入れをもらう等々。


「ありがとう。また明日も頼みたいけど、今日はとりあえずこれを礼に。確か君、奥さんと子供が居た、と言ったろう?」


 そう言って菓子包みを渡す。

 無論、包み紙の中には連絡事項が書いてある。


「甘いものは好きなんでありがたいです。けど、妻も子も死んだんで――」


 そして彼は軽く頭を下げると戻っていった。

 後で聞いた話では、包み紙だけ替えて、中身は他の家の子供達に分けたらしい。


 ラルカ・デブンは何度かのこの連絡の後、指定された日に流刑地を脱走した。

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