バーデンがセインの教育を終える少し前、俺は再び辺境伯領へと行った。
さすがにチェリでも南にあるうちの領地からここへ一直線に行くとなると、寒さが身に染みる。
「おお! セレーメ君、ずいぶんと久しぶりだ」
伯は相変わらず豪快に俺を迎えてくれた。
相変わらず警備体勢は厳重だ。
庭では護衛騎士達が訓練もしている。
その中で、ひときわ小柄で身軽な一人が、大柄な男と剣を合わせている。
「気になるか?」
「勤勉ですね。あと、子供と大人でも対等に剣を合わせているんですね」
「いやまあ、子供は子供だな」
はっはっは、と濃い髭を震わせて伯は笑った。
「よく見てみい」
窓の外。
小柄――いや、そうじゃない。
女だ。
「バルバラの奴、自分の婚約者だからと言って容赦がない」
「え、あの時のご息女……」
「我が家はやりたいと言うなら娘もやらせる。と言うか、陛下からのお役目がある。いざという時には、娘とて自身で身を守れなくてはならない」
昔会った時、馬で駆け回っていた少女は、次は剣だ。
そしてどうもその婚約者となかなかいい勝負をしている様だった。
しかしその婚約者も何処かで――
「あ」
思い出した。
確か彼は、流刑地を見に行く時に付いてきた最年少の少年だった。
あれから更に大きくなった様だ。
「しかしご令嬢の婚約者とは。お役目に任命された際にはどうなさるのですか?」
「その時には側近の護衛騎士として連れて行くだけよ。そのまま何事も起こらず結婚したとしても、命の危険はあるだろう。その時のために常に付いていてもらう立場として、あれは付いていかせる」
「いいのですか?」
「何がだ」
「お気持ちは」
「役目は役目だ。それは帝国の辺境伯の家に生まれた以上、その地位に伴う義務だ」
はあ、と返しつつ、強いな、と俺はこのひと達に感心せざるを得なかった。
ただやはり、多少聞いてみたくはある。
「もし嫌だ、という方が出てきたら?」
「それは単純だ。身一つで追い出す。だからこそ、皆小さな頃から自身を鍛えておく。いざという時に、自身で選択できる様に」
生きていく術があるならば、自由は勝ち取れる。
だから子供の頃からその術をも教えておく。
そういうことなのだ。
「まあ、無論お役目が来ないことに越したことは無い。儂もあれがあの小童以外の男に懐くとも思えないのでな」
「懐く、ですか」
「シェイデンはいくらぼかすか殴ってもびくともしないし、背に乗れば遠くが見えるし、肩に乗れば図書館の高いところにある本も取れるから、だと。色気もへったくれもないな」
はっはっは、と伯は再び笑った。
「ああそう言えば、その図書館で思い出しました」
おう、と伯は笑いを止めた。
「元帝都の学生だった流刑囚に、本の差し入れをしたいのですが」