やがてまず俺のクイデの教育期間が終わった。
俺が教えるのは勉学だったが、彼女に対しては、その他の淑女的教育の方が大きいらしい。
「カイシャル先生本当に行ってしまうの?」
別れ際、クイデは目に涙を溜めていた。
「また帝国をあちこち歩いてきます。何だったら手紙を送りますよ。珍しいものがあったらそれも」
「絶対よ」
彼女は昔のセレジュの様に強引に俺に誓わせた。
実際、俺はまた国外に出てからというもの、クイデにはよく手紙とあちらこちらのちょっとしたものを贈ったものだった。
セレジュに送るのは問題があったが、クイデなら特に問題はない。
そもそも彼女との間に密談は無い。
あるとしたならば、国内外の状況というものを淡々と語ることで、彼女に国際情勢を兄と違ってきちんと教えている、ということだけだ。
これは受け手によって価値が異なる。
クイデはそれを受け取って生かせる頭を持っている。
そう思ったからただの土産話でなく、それに関する予備知識も加えた。
後になって少しぞっとしたのだが、それが兄に対する不信感になるかどうかを、俺はこの時期気にしていなかった。
その辺りは三人で決めたこの国を相手どってする計画の盲点ではあった。
クイデが兄に対して気軽に話しかけたりしないこと、周囲に自分の能力を見せつけないタイプであることが幸いした。
もし兄ともう少し仲が良かったら、バーデンがどれだけ仕込んでも疑念をもたれたかもしれない。
だがクイデはやはり兄の教師であるバーデンがまだ居るのに、後から来た俺が先に解雇されていることで、不満があった様だ。
元々お互い無関心なきょうだいだったが、更に隔意を持つ様になったらしい。
この辺りはクイデとバーデンからの手紙で知ったことだった。
さて俺はまず帝都へと向かった。
そして先に回っていた時にも何度か寄った、啼鶯館へ向かった。
「翡翠が居ない?」
「そりゃまあ、さすがにもう引退だよ。まあそれなりに溜めていたし、娘も居るしね。こういう仕事してる中じゃ、いい引き際だったさ」
元々が娼館に売られてきた訳ではなかったという。身寄り無く、流れてきた関係で、仕事が他に見つからなかったからだ、とそこで聞いた。
前に会っていた時は、そういう自身の内情は語らなかった。
「今は何処に? 友人から訪ねる様に言われていて」
「あー…… そうだね」
娼館の女将に少し金を握らせたら簡単に喋った。
帝都郊外の小さな家に、娘と二人で住んでいるという。
娘?
まさかな、と俺は思った。
女将は付け加えた。
「名前はファルカ。ファルカ・アレインだよ」