「あのロマンチストなお方は、自分がそれでも自由に人を選べたという自己証明のシンボルとして私を見ているのよ。出ていく様なことがあったら、自信も何も全て揺らいでしまう。だから絶対に私を外には出さないのよ」
「外に出さない…… そう言えば、君は普段公式な行事の時には、どの程度顔を見せる?」
俺は訊ねた。
「出席するという意味?」
「それもある。けど、顔そのものを貴族達とかに曝しているか、という意味」
「公式行事の中でも、ちょっとしたものでは出席しないわね。王族の記念日でも、ただの誕生日では出席はしないわ。自身の子で無い限りは。出席しても、できるだけ側妃は顔は扇で隠すことになっているし」
「なるほどそれで、教師としての俺達と話す時は、扇つきなんだな」
「今更! 何を言ってるの」
「いや、単にたしなみとか何とやらの猫かぶりの続きかな、と思ってたんだ」
少しばかりバーデンは軽口を叩く。
俺は奴には構わず続ける。
「と言うことは、セレジュの顔をまともに記憶している奴って、そうそう居ないって考えていいのかな」
「女達には見られているわよ。特に小間使いとか」
「でもマナーとして、女主人の顔をまじまじと見ない様に、ってのはあるだろう?」
「ドレスを着せたり化粧する係以外の小間使いはね」
「つまり、君を認識しているのは、大半は雰囲気ということなんだな」
「……どういう意味?」
「ちょっと考えてることがあるんだ」
俺はその場ではそう言葉を濁した。
それから俺達は、それぞれの役割のために少しずつ最初の駒を動かしだした。
セインは十二歳から国際的な知識を学ぶことになっているが、無論それ以前から何となくの会話の中にも、誤った情報を滑り込ませていく。
クイデに対する教育は、セインへのそれより短い。
俺はその期間が終わったら、帝都へ向かおうと思っていた。
「帝都へ? そんなに面白いの?」
クイデは容赦無くそう質問をぶつけてくる。
「面白いですよ。様々なところから来た人々と巡り会えて、意見をぶつけ合えるし」
「私も行けないかなあ」
「陛下にお願いしてみては如何です?」
「父上は私の言うことなんて聞いてくれないわ」
「どうしてです?」
「私はお母様とお兄様のついでだもの」
クイデはよくそういうことを言った。
セレジュは自分が愛せないからこそ突き放している、と言った。
それはそれで判るし、クイデの鬱屈も理解できる。
「……ついでにもいいことはありますよ」
「先生もついでだと思うんだ」
「言ったのは貴女です。どちらかというと、俺自身のことですよ」
「先生もついで、だったの?」
「貴族の次男三男というのは大概ついでですよ」
「そうなんだ」
ふうん、とクイデは何度もうなづく。ただしこの辺りの会話は外だったり、声を落としていたりする。
俺の本音でもあるが、まあ乳母殿が決して淑女には聞かせたくないものであろうから。
「ついで、なら外に出られるということです」
「外?」
「たとえば、国外の貴族に降嫁するとか」
「それでも結婚しなくちゃならないのかしら」
「とりあえずすると自由にできる、という部分はありますね」
「お母様は自由ではないわ」
「側妃様は、そういうお立場ですから」
「お母様は、好きでそうなったのかしら」
「さあ、それは判りません。ご自分でお聞きになられては?」
「意地悪」
絶対にこの少女は母親には聞けないのだ。
だが、憎しみではないのが幸いだ。
愛情の反対は無関心だ。
セレジュはあえて無関心になっている。
多少なりとも感情を持つと、母伯爵夫人へ向けた自分の激しさを娘にも持ちかねない。
それは自分の目的には邪魔になる感情なのだ。
駒を上手く動かすためには、娘に憎しみを抱いてはいけない。
だから愛情も持たない。
持つ余裕は、何処にも無い。