そんな死角を縫って会うある日、セレジュは俺達に聞いてきた。
「辺境伯令嬢がセインの婚約者になるためにはどういう条件が必要だと思う?」
「何故」
セインの教師でもあるバーデンは訊ねた。
「いいから、どう思う?」
バーデンはしぶしぶ答えた。
「チェリ王国、特に王室において不可解な点がある場合だな。ちょうどこの間カイシャル、お前が言ってた通り、ちょうどいい年齢だし、探りを入れる意味で送り込んでくることはあるだろうな」
「何事もなければ、そのまま結婚、と」
両手に顎を乗せたセレジュは、俺達を確認する様に上目づかいで見た。
「どのくらいの問題が必要?」
「属国としての境界線が曖昧になるくらい、かな」
それは俺が答えた。
「セインを何か利用するつもりか?」
バーデンは訊ねた。
「だとしたら? 私があの子をどうも思っていないということは知っているでしょう?」
ああ、そのくらいするよな、と俺は思った。
俺は未だにバーデンには伯爵家の夫妻が死んだ理由を言えないでいる。
こいつはこいつなりにセレジュに何処か夢を見ている。
俺よりずっと。
「利用して、辺境伯令嬢を呼び寄せたい理由は何故?」
俺は少し観点を変えて聞いてみた。
彼女の最終目的は国を揺らすことなのか?
否。
そんなことは彼女はどうでもいいはずだ。
セレジュの熱意は、あの男によく似ている。
円盤将棋大会に優勝した後に捕まった男。
国を裏切って、他国に情報を渡して。
それでも将棋の大会には出たかったという。
「君はこの国を出たいんじゃない?」
はっとして彼女は俺の方を見た。
「そして帝都で行われる将棋の大会に出たい。一度でいいから。そうじゃないかい?」
彼女の表情が、くしゃりと明確に歪んだ。
「カイシャル――」
「セレジュ、君はともかく精一杯の力、思考をフル回転させて、打って打って力尽きるまで大会で、人に交じって、打ちたいんじゃないか? 一度でいいから」
「……あんたは何だって、」
彼女は言葉を切った。
「そういうことか」
バーデンは両手で目を覆った。
そしてうめく様に声を絞り出す。
「……布石を一つ打つ。たった一つだ。セインに対しては、一つだけ、完全に誤った知識を理屈立てて教える。他から聞かれても突っ込まれないくらいに俺が完璧に」
「たった一つ。それでいいの?」
彼女は問いかける。
「この帝国の属国であるチェリ王国の王族が、絶対に知っておかなくてはならない、でもちょっと間違えると曖昧になりかねない言葉と知識。帝国とは何かということ、そしてつながる辺境伯領の意味。これを植え付ける」
「王族としては致命的だな」
「構わないわ」
やや震える声でセレジュは言う。
「王になったとしてもセインには後ろ盾は無い。それこそ辺境伯令嬢と結婚できなくちゃね。令嬢は完璧な後ろ盾だけど、ロマンチストの血はきっとそれ以外のものを欲するわね。でもそもそも長子相続なのだもの。王子を推す声はあったとしても、あの子には無理だわ」
「長子ね。確かエルデ王女は優秀だとも聞くね」
「それに誠実だ。そう、王としてはエルデ王女の方が向いてる。だが下手を打つと、セインが死ぬ様な罰を受けることになるぜ」
「バーデン、あんたセインに情が移ってるでしょ」
「それは仕方ないだろう? 幾年も教師として一緒に居るんだ。情が移らない方が嘘になる」
それは同感だ。
「だが穏便に国を出るという選択肢は無いのか? わざわざ乱を起こして、その隙に脱出したいんだろう? 君は」
「陛下は私を絶対に出さないわ」
悔しそうに彼女は吐き捨てた。