俺が王女の教師?
さすがにその提案はどうか、と思った。
誰かに教えるなぞ、向いていない。
ともかくもう一つの手紙を開けてみた。
「お久しぶり。すごく久しぶりだわ。
腹が立つ程、久しぶりね!
私は何とか生きているわ。
何とか息を吹き返したってところね!
今はあんた、辺境伯のところに居ると聞いたわ。
凄いところらしいわね。
羨ましい!
何ですって、そちらの令嬢は、平気で馬にも乗ってるんですって!?
でも確か、辺境伯令嬢というのは、ある種のお勤めもあるからこそ、自衛もできる様に訓練していると聞いたわ。
その辺り、今一つ情報が入って来ないから何だけど。
ところでこの手紙を受け取る頃にはバーデンから聞いていると思うけど。
あんた私の娘の教師をなさい!
何とか正妃様に条件をつけて、バーデンかあんたを呼び寄せる様にしたの。
あんたが先に来ていたら、バーデンを娘につけたと思うわ。
でもね、実際のところクイデにはあんたの方がいいと思うわ。
だってあの子、本当に私の地そっくりだもの。
地味な外見をわざわざ更に地味にしようとしているところとか、周囲の人々の動きを見ているところとか。
私は家では姫君だったから、好き勝手いていたけど、クイデはそうじゃない。
今となっては、後ろ盾が殆ど無い第三王女よ。
だから広い広い世界を見せてやりたい。
でもね、誤解しないで。
私はあの子達に対して、愛情が持てないの。
産んだからと言って、絶対持てるなんて思わないで。
だって、私の子だけど、同時に陛下の子供なのだもの。
陛下は夏離宮のことをもの凄く綺麗な思い出にしているのよ。
私が盛大に猫かぶっていただけなのに。
かぶった猫が大きすぎて窒息しそうになっていたこの頃、ようやく息ができる様になったって感じね。
一応ね、あんた達が私を置いて留学する前に言ってた、家の中を盤に置き換えて、というのは今でも気晴らしで進行中。
バーデンには言ってないわ。
彼は王とは違うけど、私に対してどこかちょっと夢見てる。
でもカイシャル、あんたは違う。
あんたは私がどれだけ残酷なことができるか知ってるでしょ。
お母様を死に追いやったのは私よ。
私達、チェスの相手として、庭師とも結構気さくにやってたでしょ。
彼から毒のある植物や石とかのことを聞いていたのよ。
それを嫁ぐ前にお母様の酒蔵の樽に仕込んでおいたのよ。
お母様はお父様より酒豪でね。
自分用の酒蔵を小さいながら持っていたの。
誰一人触らせなかったのよ。
私、昔そっと入って触ったら、頬っぺたを何度もはたかれたわ。
それほどお母様には貴重だったのね。
その中に、時間が経つごとに溶け出す毒を仕込んでおいたの。
お父様がそれに気付いたかどうかは判らないけどね。
私、お父様のことは好きだったわ。
でもお母様を止めてもくれなかった。
私の性格を知っていても、側妃となることに関しては、本当に止めなかった。
それどころか喜んでいた。
でもね、もしお父様が同じ様な原因で亡くなったとしたなら、私のしたことに気付いたのだと思うわ。
実家のお母様の酒蔵がどうなったか調べさせたら、お父様が取り壊したって言うし。
そして私気付いてしまったのよ。
本当に、場所を盤に、人を駒にして動かせるんだって。
ねえカイシャル。
時間をかけた私のたった一つの願いに手を貸してちょうだい」