「あの男と、話をしても構わないだろうか」
護衛騎士に俺は訊ねた。
「自分達と共になら」
無論了承した。
すぐにその記憶にある男は呼び出され、作業場の柵の脇に立っている俺達の元へと白い息を切らしながらやってきた。
「何でしょう」
そういう顔は、帝都の学生のそれとはまるで違っていた。
皮膚は雪焼けし、目も眇め、まつげも凍り付いている。
「違っていたら済まない。俺は何年か前、君を帝都で見た。チェリから帝都に留学していたんだ。何とかデブ…… という名の学生だったよね」
「……ラルカ・デブンだ」
男は短く答えた。
あまり長く話したくない、と言いたげだった。
「ここの生活は、厳しいとは思うけど」
そう言いかけた時だった。
「厳しい。だが妻子が居る」
結婚しているのか、と俺は目を見開いた。
「女の流刑者だって居る。元々住んでいた者と知り合うこともある。俺は今はそれで充分だ」
余計なことは喋りたくない、とばかりにラルカ・デブンは言い放つ。
「充分、なのか」
「ああ。仕事をすれば対価は入ってくる。妻と子も養える。図書館だってある」
「図書館」
「伯は流刑者が飽きることは良く無いと考えているのだろう。慧眼だ」
仕事に戻る、とラルカ・デブンはそれだけ言って俺に背中を向けた。
「図書館があるのか?」
「行ってみますか」
護衛騎士は俺をうながした。俺は大きくうなづいた。
「……え」
まず建物の大きさと古さ、頑丈さに驚いた。
次に中の蔵書量に驚いた。
「領主様は代々帝都から大量の本を集めてはご自宅とここに納めておられます」
「でも、何故これだけ……」
「流刑者の多くが思想犯だ。彼等は知を求めて脱走する場合もある。我々とて、無駄な血は流したくない」
「ああ、それは判る気がする」
「自分には判りませんが」
そう一人がつぶやくと、他の三人もにやりとした。
「だけど確かに、これだけの蔵書があるなら、無理に脱走して常に身を潜めて生きていくより、確実に働き時々本を読むというのもありなのかもしれない」
「お客人もそう思うのですか」
「学問やら何やらに取り憑かれた奴の気持ちは判る。何を置いても、家族を捨てても、それを調べ尽くしたい、という願いがある人間ってのは確かにあるんだよ」
しかし、それを考えると先ほどの男はここで妻子を持った、と言っていた。
思想や何やら、ここに至るまで抱えてきた大事なものを、家庭を持つことで捨てたのか。
「君等には家庭はあるのかい?」
俺は四人に訊ねた。
ある、と三人までが答え、あと一人がまだまだ、と答えた。
「仕方ないですなお客人、まだまだこいつは若いんですから」
若い?
「幾つなのかい?」
「まだ十三かそこらですよ」
驚いた。
身体が大きいし、この地方の住人の年齢はなかなか掴みづらいものがある。
そしてこの寒い場所においては、顔周りに毛皮が張られたフードをかぶるので、そもそも顔自体が判りづらいのだ。
ラルカ・デブンにまだ気付けたのは、本当に偶然だったとしか言い様が無い。
いや、この見分けづらい顔とは異なる骨格のせいだったのだろう。