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16 北東の辺境伯領へ寄る

 馬と、身の回りのもの。

 そのくらいで俺の旅支度は終わりだった。

 小型の馬車に荷物を積み、その中で夜眠るのか、ときょうだい達には言われたが、そんなことやっていたら夜盗の餌食だって宣伝している様なものだ、と返した。

 野営も慣れている。

 小さな頃から武芸も一通り修めている。

 遊び回ったのは大概屋外で、時には山に行くこともあった。

 狩りもできる。

 服装にしても、必要なものは現地で求めた方がいい。

 その場所ごとの気候がある。各地で必要なものは違うのだから。

 そんな軽装で、俺は常に移動を繰り返した。

 東西南北、殆どの地に一週間と居着かなかった。


 途中、北東の辺境伯領にも寄った。

 最大の辺境伯領であるそこは、帝国の流刑地も兼ねている。

 俺はそこでは挨拶を兼ねて領主の元も訪問した。

 すると門の側で小さな馬に乗った少女が「誰!」と鋭い声を飛ばしてきた。

 ズボンを履いていた。

 乗馬服という決まったものでもない。普段から自然に乗り付けている様だ。


「失礼しますお嬢さん。自分はチェリ王国のセルーメ子爵次男、カイシャルと申します。この地の訪問がてら、お父上様にお目通りを」

「お父様に御用事? 約束はあるのか?」

「約束はございません。ふらりふらりと現在は旅の者をしております」


 令嬢は少し考えると、黙って館の方へと馬を走らせていった。 

 見事なまでの手綱さばきだ。

 ああ、この少女はそれを許されているのだな、と俺は昔のことを思った。

 あれからセレジュは女鞍に乗るのがどうしても嫌で、馬そのものに乗ることを止してしまった。


「何をぼうっとしている! お父様がお会いになると言っている!」

「これこれバルバラ、お前のその声できんきんそう命令されちゃ大人の男性はたまったものじゃないよ。セルーメ子爵の次男カイシャル殿か。確か少し前まで帝都に居たと聞いたが」

「はい。その後領地に戻りましたが、父の命で帝国各地の調査をしてくる様に、と。この地は初めてなので、領主閣下にご挨拶をと思った次第でございます」

「おおそうか。まあ入りたまえ」


 ずいぶんあっさりしているな、と思った。

 だがその思いはすぐに打ち砕かれた。

 辺境伯の館は、常に護衛騎士が沢山詰めている。


「男ばかりでむさい館ですがな。私もそちらのお国のことはやはり住んでいる方に聞いておきたいと思いましてな」


 質素な服の下には筋肉がよく判るしっかりした大柄な身体、顔中に濃い髭。

 やがてやってきた奥方もまた、一瞬下働きかと思うくらい質素な格好だった。

 だが気品は隠せない。

 その奥方がまたこうさらっと言うのだ。


「バルバラが、悪い人では無さげだ、と言うので通したのだが、確かにただの旅の者らしいですね」


 ちょっと待ってくれ、と俺は思った。 

 辺境伯本人より迫力がある奥方というのは何なんだ、と。

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