故郷に戻ると、本家の伯爵家は分家筋が継ぐことになっていた。
セレジュにもその相談が行ったらしいが、ご自由に、ということだった、と親父は言った。
「何せ跡継ぎと言っても小さすぎてなあ」
セレジュは長女だった。
だが彼女が下に年の離れた弟が何人か居たので、伯爵は気にせず側妃として送り出したのだ。
出会った頃にはまだ居なかった弟達だ。
それではさすがに領地の統治もできず、名ばかりになる。
それなら、と分家筋が乗り出してきたのだろう。
そもそも本家分家で狩りだの何だのする様な、一族全体の結束が固いのが、俺達の辺りの気風だった
領地の自然が冬になると厳しいとか、畑を作るにしても平地の多い領とは異なってくることも理由だろう。
俺はともかく、親父や兄貴を手伝いだした。
だがすぐにこう切り出された。
「帝国を回ってきたいというのはいいのか?」
と親父が言った。
「いいのか?」
「うちの領地の経営にも帝国での情報は何かと必要だしな。お前の知識で色々観察して情報を届けてくれ」
そんな風に俺にとってはありがたい申し出があった。
まあ結婚したばかりの兄貴の家の中の地位を盤石にしたい、という親父の目論見もあったかもしれない。
なお、俺の下の連中はさすがに帝都へまでは留学はしたくないと言っていたらしい。
そこまでいつまでも勉強はしたくない、すぐに親父について働きたい、ということだった。
「で、また帝国に舞い戻るという訳か」
バーデンは呆れた顔で言った。
「考えてみれば、お前と離れるのって、今まで初めてじゃないか?」
「ああ、そう言えば」
子供の頃から一緒に遊び回って学びまくって、しかも一緒に留学までしてきた訳だ。
本格的に離れるのは本当に今回が初めてだ。
「しかしそうすると、連絡がなかなか難しいな」
「こっちから親父に情報をこまめに出すことにしているから、お前のとこにも同じくらい出すさ。その時に長居しそうだったり、留め置きする場所とか指定すればいい」
「そうだな。俺も何かあったら、お前に知らせたいことはあるし。あと、そうだ、もし帝都に行くことがあれば、あの女に会ってやってくれ」
ああ、と気付いた。
何だかんだ言って、こいつはずっと啼鶯亭の女を馴染みにいていたのだ。
「気に入ってたんだな」
「俺だってさすがに情くらい湧く。あれは優しい女だ。本名は店の決まりで教えてもらえなかったが、『翡翠』と呼ばれてた。あそこは皆宝石の名で女を呼んでいたからな」
「判った。帝都に行くことがあったら気に掛けてみる」
「病気とかしていたら、多少の世話も願っていいか」
「それほど気になっているなら、引き取って囲えばいいだろうに」
「さすがにこっちであの髪の色と目の女を連れて来るのはまずいだろう?」
いま一つ釈然としないものはあったが、俺は了承した。
そしてしばらく放浪の日々が始まった。