「駒の使い方?」
俺もバーデンも身を乗り出して聞いた。
この時は確か、初夏の東屋に居た。
空の青さがまぶしく、緑がそよ吹く風にさわさわきらきら、草の匂い、傍らには持たせてくれたお弁当の大きなバスケット。
側で群れ咲いている花々にはミツバチ。
「ほら、ミツバチって、女王バチが全ての卵を産むのよね。その相手の王が一匹。あとは全部働きバチなのよね。同じメスであっても」
「オスのハチはどうだったっけ?」
「確か、まあ子種にされるだけだから、働きバチみたいなもんだろなあ」
「そうなのよ。だから駒で使うのが、王・女王・それに歩兵だけなのよ」
へえ、と俺達は揃って驚いた。
上級者が初心者に対して、揃った駒とのハンデをつけるためにそういう使い方をすることがあるが、当初からそのくくりで始めるというのは。
「あと、王より先に女王が取られても駄目」
「女王を落とせば終わり、か」
「そう。ミツバチだもの」
それで俺達はそれを何度か試してみた。
これは難しい。
敵陣に飛び込めば歩兵も昇格して斜め後ろ以外の方向に進める様にはなるが、それまではともかく前に一歩進むか下がるか、それしかできない。
「敵陣に入るってのはそもそも危険が伴うしな」
「あと、女王は無敵の動きができるけど、通常ルールと違って取られれば終わりだからなあ」
王も女王もどの方向にも動けるが、王は一マス、女王は何処までも動ける。
この違いは大きい。
だから女王は通常なら最終防衛に使える駒なのだが、逆の場合王がその役目を果たせるかというと。
「ま、でもミツバチ縛りだったらそういうことになるのかしらね」
王にできることは殆ど無いんだし、と彼女は言い放った。
まだこの時は、その彼女が王のところに嫁ぐとは考えもせずに。
やがて六角盤に夢中になっていたその夏、王族が夏離宮に避暑に来るという話が耳に入ってきた。
「嫌になるわ! お母様ったら、ともかく私にできるだけ王太子様のお相手をしてさしあげて、って言うのよ!」
「って言うか、セレジュ、ちゃんと応対できるの?」
俺は訊ねた。
「残念ながらできるのよ! できなかったらいっそお母様もそんなことさせないのに…… でもできないと、将棋もさせてもらえないし……」
「悩ましいところだ!」
「笑わないでよバーデン! こっちは必死でお母様の要求するレベルまで上げてるんだからね!」
「無論こんな口調が出たならば……」
「お母様の前では絶対出さない! バーデン、カイシャル、あんた達の前だけよ!」
さすがにそう言われると、俺達も悪い気はしなかった。
けどその一方で、伯爵の奥方がセレジュを王太子に近づけようとしている、というのは気になっていた。