「将棋はできるの?」
後は子供達だけで、と残された俺達への彼女の第一声はそれだった。
「多少は」
「それなりに」
「凡庸な答えね」
お姫様は横柄に答えた。
そして座っていたふかふかのソファから立ち上がると。
「いいわ、まずやってみましょう」
中型の盤を持ち出し、大きなテーブルにそれを置く。
そして俺達の斜め前に椅子を引きずってきて座った。
「さあ、どっちから相手になる?」
「俺が」
バーデンが先に手を挙げた。
俺はそれを横で見つめる。
お嬢様は上手かった。
しかも序盤から飛ばしてきた。
そして実に好戦的だった。
途中まで様子見だったバーデンも、次第に本気になってきた。
結果、彼女が勝った。
「……俺、仲間内で負けたの、こいつ以外じゃ初めてた……」
うーっ、と頭をくしゃくしゃに掻き乱しながら、悔しそうにうめいた。
「と言うことは、あんたも同じくらいの強さってことね」
「よろしくお願いします」
俺は慎重に打った。
すると彼女も駒の進め方を変えてきた。
相手によって戦う姿勢を変えることができる。
強いな、と俺は大きく息を吸い込みながら思った。
ただ俺は、しぶとさではバーデンに勝る。
この対戦は、俺が辛勝した。
「悔しいっ!」
どん、と彼女はテーブルを両手の握りこぶしで叩いた。
盤をひっくり返したりしない辺り、なるほど彼女は本当に勝ち負け以上にこの遊戯が好きなのだ、と俺は思った。
「いや、俺もはらはらしながら打ってた。お嬢様いつからやってました?」
「敬語やめて。私はセレジュ。名前で呼んで。お父様から教わったのは去年。だいたい半年前」
半年!
俺達は驚いて顔を見合わせた。
俺が覚えたのは三年前、バーデンは二年前だった。
お互い、同じくらいの歳の連中がまるで相手にならなくなって、家庭教師やら執事やら庭師やら捕まえて、容赦なく叩き潰されつつ強くなってきた。
「いや一体何でそんなに強くなりたいんですかね、坊ちゃん」
庭師にはそこまで言われたくらいだ。
彼はこの家の中で執事に勝てる唯一の男ということで、俺は「坊ちゃんのわがまま」を駆使して相手になってもらった。
チェスはこの国の庶民の間でも家の中でできるゲームとして盛んだった。
特に俺達一族の住む辺りは冬が厳しいだけに、家の中でできる遊びは貴重だったのだ。
それが子供であれ大人であれ。
無論庶民におけるそれは、盤の代わりに革に線を引いたものだったり、駒の代わりに木の板だったりという違いはあるが。
ただそれは大概男子のもの、というのが相場なのだ。
そしてこのお姫様は言う。
「お父様が国外に仕事で行った時のお土産なのよこれ。こっち側だとチェスの盤だから、皆相手してくれるんだけど」
彼女は一度駒を盤をひっくり返した。
「この国の外では、色んなルールがあるのよ」
そこに描かれていたのは、十二×十二の枡目だった。