やめて下さいお嬢様、という乳母の止める声も聞かず、俺達はそれぞれ彼女のポニーに取り付けられている女鞍に乗ってみた。
形に興味があったのもある。常々母や従姉妹達がのったりのったり乗っているそれがどうなっているのか、という。
しかし実際に乗ってみると、左側に両足を向ける形のそれは、たとえ右足を置く場所があったとしても――
「……う ……わ」
「え、これで走るのか?」
俺もバーデンもその体勢の不安定さに驚いた。
それだけじゃない。こんな体勢ずっと続けていたら、腰や首が痛くなりそうだ。
「他の奥様方も令嬢方も皆ちゃんと乗馬専用のドレスなのですから、本家のお嬢様がそんな、男の格好で跨ぐのはいけませんよ」
「でも怖いんだってば!」
「うん、その気持ちもの凄く判る」
「絶対これで走れ、って言われても無理」
あくまでこれは三十年がところ昔の話だ。
現在の女鞍――横座りの鞍が、どういう進化をしているかは判らない。
ただこの時のそれは、確実に走るためのものではなかった。
乗せて歩かせるのがいいところだった。
「でしょう! それに私は乗って走りたいのに」
「ですからお嬢様……」
乳母はどうしていいのか困っていた。
「いいわ、お父様に直接聞いてみる」
そう言って、彼女は駆け出していった。長い三つ編みがそれこそ駆け足する馬の尾の様に勢いよく跳ねた。
面白い子だなー、と俺達は思った。
結局彼女は父伯爵に説得されたのか、集合時には乗馬用ドレスに着替えて、編んだ髪も解かれていた。
表情が令嬢にあるまじきむすっとしたものだった。
ああ上手くいかなかったのだな、と俺等は残念に思った。
ちなみにこの時の女性達は最初の集合時だけは馬に乗っていたが、すぐに下りていた。
最初だけ形の様に馬に乗ったあとは、狩りに出た男達を茶会をしながら待つばかりだったらしい。
俺とバーデンはウサギをそれぞれ二匹ずつ獲ることができた。
初めてにしては上出来だ、と親父に言われた。
親父達も俺達同様昔からの友人同士だった。
どうやらお互いの子供の初狩りでどちらが多く獲ることができるのか賭けをしていたらしい。
俺等はその初の獲物の片方ずつを、例のセレジュ嬢に捧げよう、と話し合った。
親父達もそれには賛成した。
「けどお前等、いつ姫様に会ったんだ?」
なあ? と親父達は顔を見合わせた。
内緒、と俺等は言い放って彼女の元に向かった。
ドレス姿の彼女はむっとした顔で俺等を迎えた。
「最初の獲物を貴女に」
とお決まりの言葉と共に彼女に手渡す。
彼女は礼儀通りきちんと受け取ったが、唇を噛み締め、酷く悔しそうな顔だった。
後日、本家の方から呼び出しがかかった。
「お前、本家から好かれたか嫌われたかどっちだろうな」
などと親父は呑気に言いながら俺を送り出した。
すると伯爵家の方には、バーデンもやってきていた。