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1 国境近い宿場町の夕暮れ

 俺がその知らせを聞いたのは、チェリ王国の国境近い宿場町だった。

 川伝いの移動で夕暮れになったので、馬を下り、宿を取る。

 中程度の部屋と馬の世話を頼むと、もっといい部屋があるんだがどうなんでしょうねえ、と赤ら顔の親父にたっぷりの笑みで勧められる。


「そこでいいよ。その代わり美味いメシを頼む」

「了解ですわ」 


 貴族とは名乗らないが、やはり透けて見える何かが俺にあったらしい。

 やれやれ。


「それより親父、チェリには今入るのはまずいのか?」 

「まずいって程ではないですがねえ…… いやいや、今戻るのはまずいですよ」

「何かあったのか?」

「いやー、王都が大変なことになっていましてね」

「大変なこと?」

「アレですよ。辺境伯の姫様と婚約してた、チェリの王子様とやらが、まあ、やらかしましてねえ」


 とうとうやらかしたのか。


「へえ…… そしたら、国境が通りにくくなるのかい?」

「検問が強化されてますぜ。まあ詳しいことは判りませんがね。それでもあっちこっちの宿場町で足止め食らってる連中が多いみたいでさ」

「そうか……」

「あ、お客さん、宿帳ちゃんと書いて下さいよ」

「判ったよ」


 俺はさらさらと偽名を書く。

 ここでカイシャル・セルーメという本名を書いたら大変なことになる。


 部屋の寝台に寝転がって、天井を見上げた。

 辺境伯の姫と婚約していた王子。

 ああ、とうとうやらかしたんだな。

 酷く冷静に、俺の頭はそんなことを思っていた。

 チェリ王国の第一王子、セイン。俺の親友の教え子。

 俺の教え子の兄。

 そして、俺達の愛した女の息子。

 ふっと目を伏せると、浮かんでくるのは、やや青みがかった灰色の髪。

 巻き毛がぽろりと落ちるのも気付かずに、盤面に集中する深い青の瞳。

 セレジュ。

 俺等は決して彼女に触れなかった。

 触れたら終わりだと知っていた。



 俺と友人バーデン・デターム子爵がレルケ伯爵令嬢セレジュと出会ったのは、まだお互いがほんの子供の時だった。

 俺の家、セレーメ子爵家と奴のデターム子爵家は、レルケ伯爵の持つ広い山地領の管理をする分家筋だった。

 彼女は本家に幾人か居る子供の中で唯一の姫君だった。

 それ故に彼女の両親もしっかりとしたところに縁づけたい、と教育熱心だった様だが……

 如何せん、当人は親の言うがままにはならない令嬢だった。


「嫌よ!」


 それが俺の最初に聞いたセレジュの声だった。

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