「たぶん私だけが駒以外だったんだと思うわ」
クイデはぽん、と言い放った。
「小間使いが問題を『起こしそう』だったら、その前に軽い失態を起こさせて、それを慈悲深く『許して』辞めさせたり配置換えさせたりするんです」
「た、たとえば?」
アマイデが訊ねる。
彼女も基本的に人がいいので、クイデの言い分が今一つ具体的に想像できない。
「例えばユルシュお姉様のところに、下手な令息や騎士が忍び込んで無理矢理関係を持ってしまったらどうしますか? アマイデ様」
「まっ……」
アマイデは口を押さえる。
「困りますよね。ではその場合、予防しなくてはならないのは何処でしょう? 王宮という場所はどうにもなりません。警備も今以上どうこうできません。となると、小間使いを買収するのが一番ですよね」
「……」
当人が居なくてよかった、と耳にしているアマニやトバーシュは思う。
「お母様だったら、そんなことが『ありそうな』盤面になったら、そうならない様に配置換えをするんです。ものすごく周到に。そして隙を起こさない。と言うか、そうならない様に、おそらくそちらの離れの筆頭侍女に『伝わるように』していました。うちの離れと、そちらの離れの小間使い、侍女、そういったものの交友関係も、観察要員を使って隅々まで調べ上げていました。そして自分でそこから推測できることから、次の手を打っていました」
聞くローゼルの頭の中はフル回転していた。
自分でもそこまではしていない。
いや、自分は彼女達の関係にはさほど手を入れなかった。
国内の情勢に関しての情報員のことは知っていても、それを小規模であれ、この王宮内でやっていたとは。
「……お母様のその情報収集に関して、先生に聞いてみたことがあるんですが、他国ではごく普通のことだそうです。帝国の後宮など、一対一の盤面どころか、後宮内だけで入り乱れの情報戦争をしている様なものだ、と聞きました。ですが、この国はこれだけのお妃様方が居る状態がそうそう無かった。だからお母様一人が盤面を動かすことで、表面上の平穏がここにはあったんだと、私は、思います」
「では待てクイデ、お前以外全て、ということは、俺も」
「当然でしょう」
ずばりと言った。
「お兄様こそ、お母様の最大の駒だったに決まっているじゃない。私は駒にもならなかったけど、お兄様は最大の駒だったわ」
「だけど、では何故母上は俺の教育係にあの様なことを? そして、どうして自死を選んだんだ?」
「お兄様」
びしりとクイデは言った。
「私は実際決して頭がいい方ではないと思うわ。覚えることとかはね。それに礼儀もなっていない。ただ、考えることだけは時間があったからできたの。私より二つ上のお兄様が、私に全てを聞いて判ろうとするなんて、みっともないと思わない? 自分で少し考えてみるといいわ」
「しかし」
「しかしもでもも無いわ。お兄様はどういう『大切な駒』だったのか。何故間違いを教える様な教師をつけられたのか、辺境伯令嬢が来てから、如何にもお兄様の好みの様なマリウラが現れたのか、考えてみるといいと思うわ」