「これは?」
「夫が、挙動が不安だと言っていた辺りの席に印をつけてみたものです」
「これはいい。だがまだだからすぐに、という訳にもいかないな……」
「甘い匂いは、麻薬常習者特有のものなんですね?」
ナルーシャは確認のために訊ねた。
眠らされた女性からは、だらだら流している脂汗がむわっとした匂いを放っていた。
「ふむ」
国王はその様子と表を見て少し考える。
そして軽くうなづくとテルガ男爵に向かい。
「其方、男爵と申したな」
「はい。自分はテルガ男爵レヒト、医師を十数年やっております。こっちは我が妻ホルテ。私の医院において看護婦をしております、私の片腕と言っていい女です」
「よし、テルガ男爵、一旦ここに居る者達を座席に着かせる。……スルゲン教授、其方等の作った表の写しを作らせる故、少々貸してくれ」
「は、はい」
王は半円の中心へと行くと、護衛騎士を呼び寄せた。
彼等は三つの花の徽章を付けている、すなわち辺境伯令嬢配下のものである。
その中で最も地位の高い者らしき者が王に近づく。
「ここでは其方達は令嬢の配下ではあると思うが、手を貸してもらえまいか」
周囲はざわ、とした。
王が騎士に「命令」ではなく「依頼」をしているのである。
「内容によります」
「一つ。まずこの表の写しを幾枚か作っていただきたい。そしてその席に座っている者の名を正確に記してもらいたい」
「了解いたしました」
そう言うと、彼は部下に言われたことを命じた。
王は次に、大広間全体に響き渡る声で、着席を命じる。
貴族達はのろのろと、それに従う。
「父上、我々には何かできることはありませんか」
下の二王子が駆け寄ってくる。
「セインは?」
「兄上は昨日のことと昨晩のことが衝撃だったのでしょう。部屋の方で、クイデと話をしております」
「そうだな、今はあれを動かしても貴族達はその声に耳を傾けまい」
「私は、何を致しましょうか。医師の手伝いを?」
「エルデ、とユルシュか。医師の手伝い――そうだな、医師の妻の方を手伝うがいい。クイデは部屋だと言うが?」
「正妃様以下、私の母をはじめとした側妃様方は、下がっております。あと歳若い二人も。皆クイデの側から見た第三側妃様の話に関心がある様です」
「手が足りなくなったら来る様に言う。ここで話されるよりはよかろう」
そしてミルト、ナギス両王子はテルガ男爵の、エルデ、ユルシュ二王女はホルテの手伝いにと回ることとなった。
そして護衛騎士の方には、続けて眠らせた者の確認と保護を願った。
「麻酔はどのくらいの時間、効きますか? それによっては、外部から他の医師の要請が必要となりましょう」
護衛騎士は訊ねる。セインより数歳年上程度の若い者であったが、その口調は落ち着きがあった。