どうやらこの審議の場から部屋に帰ることは強制されないのだろう。
そう知った者達は部屋で家族と顔を付き合わせて何もできないよりはまし、とばかりにお喋りを始めた。
ナルーシャは夫と共に赤い印をつけた席の辺りを見渡す。
「ずいぶんとその席の方々、だるそうですわ」
「そうだね。それに……」
何ですの、と彼女は夫が鼻をくん、と鳴らしたのに気付いた。
「何か甘い香りがする」
それは非常に微かなものだった。
だが赤い印の場所に近づくにつれて、ナルーシャにも判るくらいの濃さになってきた。
「何かしら」
「いや、そこまでは」
こういうものに詳しい人は居なかっただろうか、と彼女は思う。
だがそういう時に限って、違う方面から声がかかる。
「ナルーシャ~やっと見つけたわ~」
友人のサンダカン伯爵夫人マレンナが豊満な胸と太い腕で抱きついてきた。
少女時代からの付き合いで、明るい大所帯を作っているひとなのだが、このスキンシップ込みの人懐っこさには時々焦る。
「もうやんなっちゃう! パーティの服は好きなのだけど、何日も続けて着るものではないし、だいたい下着にしても、私の寸法に合うものが無いとか言うのよ! 仕方ないから昨日と同じものを着ているけど、このままなんて耐えられない!」
まあこの苦情は仕方がない、とナルーシャは思う。
マレンナは席があったら確実に毎度毎度椅子から尻がはみ出すのが普通なくらいの身体をしているのだ。
「それにせっかくの王宮の料理人特製の御馳走も、皆に分けられたくらいで…… ねえ少し余っていない?」
「今朝は今朝で朝食が分けられたでしょう? その時にお代わりをしなかったの?」
「そうは言っても、すぐにお腹が空くのよぉ」
まあ確かに、この巨体を維持するには、それなりの食料が必要だろう、とナルーシャは思う。
そしてふと。
「そう言えば、今日は香水はつけていないのね」
「え? いつも私そんなに濃かったかしらあ」
そう言いながら、マレンナはくんくん、と自身の脇の辺りを嗅ぐ。これこれ、と彼女とは対照的に木の枝の様に細いサンダカン伯爵が妻をなだめる。
「あなたぁ、私いつもそんなに香水が濃かったかしらあ?」
「いや? 君は色々なところでとっても強烈な印象を残すけど、君自身の香りが甘いから、さほどに付けていないだろう?」
「え? 貴女そんなに付けていないの?」
「何ですかねえ、妻は放っておいても、全体的にふわっとした香りがするのですよ」
「まあっあなたっ、そんな誉めちゃ嫌っ」
「誉めても何も当然のことだろう?」
やれやれ、とスルゲン夫妻はため息をついた。
「ところで、貴女の香りとは違う甘い匂いが、あちこちでするのですが」
「あらそぉ?」
マレンナは大きな鼻の穴を広げてふんがふんがと匂いを確かめる。
「あら、確かに少しするわねえ」
そしてそれは、時間を追うごとに強くなって行くのだった。