「え、何だって」
審議の場に待機しだした皆が、昼の光の差し込む中、バルバラが居るべき場所に立てられた小さな看板に目を見張った。
『本日は諸処の事情により休廷。明日午後二時に集合願う』
何なんだ一体、という不平があちこちから飛び交いだした。
無理もない。
審議の日が延びれば延びる程、この窮屈な場所に居続けなくてはならないのだ。
「……変だな」
ティミド・スルゲンはつぶやいた。
隣に座っていた妻兼助手のナルーシャはそれを鋭く聞きつけた。
「貴方、何が変なのですか」
彼女は夫の「違和感」を重視することにしていた。
彼が窮理学という分野において大成したのは、アカデミーでの教育・研究だけでなく、目の前に行われていることに対する違和感へのアンテナが他より鋭かったからだ。
それ故に生活に支障をきたすこともあったが、そこは妻たる自分がカバーしている自負もある。
天文台の主の娘と生まれ、現在の主の妻となって十数年、気付いたらタイミングを見計らっ問うのは彼女の勤めと思っている。
「いや、ふらふらしているんだよ」
あそことあそことあそこ、と彼は指す。
ナルーシャは昨日のうちに、座席の位置とそこに座った貴族が誰であるか、ということをチェックしていた。
審議の時点ではメモ書きのそれは、昨晩のうちにきっちり表にされていた。
「印をつけてくださいな」
ああ、と言ってティミドは妻から受け取った赤インクを詰めたペンで点を打っていく。
ナルーシャはその辺りに視線を飛ばす。
ふらふら、と言うよりはゆらゆら、か。
特に夫人の側に多い、と彼女は思う。何より髪の乱れが。
自身の侍女や小間使いが来られないとしても、今朝一応王家か辺境伯令嬢の手配かどちらかの小間使いは一家の二人にに一人程度の割合で送り込まれていた。
慣れない相手だったとしても、洗顔や整髪の手伝いはできるはずである。
また、昨日のパーティ用ドレス等では身体がしんどいという者には、やや楽な上着を配ってもいる。
昨日のままきっちりと身なりを整えている貴婦人も確かに居る。王家の人々は間違い無くそれだった。
また、昨日は存在していたランサム侯爵家の席は空白になっている。
そして審議は明日、ということになったが、人々はなかなか宛てられた部屋に戻ろうとはしない。
「僕等はどうする?」
夫が訊ねる。
「貴方あのお部屋の方がいい?」
「暇だな」
「そういうことでしょ」
一度部屋を分けられてしまうと、他の部屋との行き来が厄介になる。いちいち廊下に見張りが居るのだ。
だがこの集められた場所ならば、家族以外の者とのお喋りも可能だ。
また、聞き耳を立てることも。