「えっ」
「何だって」
「ほら皆その辺りご存じない。きっとお母様、私には優秀な先生をつけた、と報告しているだけで、どなただったのか、とか仰らなかったんでしょ。でもその人選は私にとっては正解だったわ。カイシャル先生は私に本当に色々教えて下さったもの。私がお母様から興味持たれていない、と気付いてからは特に」
正妃はカイシャル・セルーメのことなど、セインの時除外して以来、ずっと忘れていた。
風来坊気質、そして確かにふらっと何処かに行くことはあっても、散財はしない、ということは聞いていた。だがそれだけだ。
一度セインの教師が決まってからは、正妃としては格別側妃達の教育方針、特に王女達には手を出さずに居た。
ミルト、ナギスの両王子に関しては、国内で評判の良い教授を、当人達が願ったという。
「カイシャル先生は、私の部屋の様子を見てすぐに言ったわ。『君は母上に大事にされていないね』って。確かにきちんと整理整頓されている。女の子らしいものも揃っている。だけどそれは自分の家の妹達とそう変わらない。いや、それ以下のものも多すぎる、その辺りに気を遣ってくれないのか、って」
アマニとトバーシュは顔を見合わせた。
この二人はお互いの離れをよく出入りしている。
その際に、趣味は違っても質は違わない、とお互いに実感していた。
そして自分達の持つ細々としたものは、確かに通常の貴族令嬢よりは上等なもので揃えられていたと。
「私、エルデ姉様はちょっと立派過ぎて怖かったし、ユルシュ姉様のところは離れの警備が怖かったのでなかなか訪問することもできなくて。だから、アマニとトバーシュのところへ行く様になって、ようやく私のところのものが、何か奇妙だと思ったの。何だったら、私の部屋に一度来てみて? 今までお母様の目が気になったから絶対そんなこと言わなかったけど。でももういらっしゃらないし!」
「この件が終わったら、早速調べさせよう。クイデ、言うことがあるなら、全部言ってしまうがいい」
王はまさか、と思いつつも、最愛の妃の娘の告白を聞く。
「ありがとうございますお父様。カイシャル先生は誰もそう言ってくれなかったことを、何というか豪快に驚いてくれたから、私はその場で大泣きしたわ。ねえ、私にとっての本当の育ての母親って、乳母のマグリットの方だと思うわ。ちゃんとごはんを食べさせてくれて、それなりにしつけもしてくれて、甘えさせてもくれて。でも乳母は乳母で、何処かいつも一線引いているじゃないの。頭からぴしゃんと怒ってくれることは無かったわ。だからその分を先生はやってくれたのよ」
「そう言えば、今はそのカイシャル先生は……」
セインは訊ねる。
「風来坊だから。私にはあらかた教えることは教えた、ということで北の方を回ってくる、って言って出ていったけど。そのことも、お母様は誰にも大して告げなかったみたいね」