「未来の……?」
ざわつく貴族達。
だが中にはいち早くはっとした者も居た。手にした扇の後ろ側で、隣の家人とこそこそと呟き合う声が。
それらは皆この名を示していた。
「マリウラ・ランサム侯爵令嬢」
前に出る様に、バルバラはうながした。
「……」
むっとした顔で、それでも仕方無し、マリウラは前へと進み出た。
「マリウラ・ランサム侯爵令嬢。で、本当に宜しいのですね」
「その通りですが?」
「貴女の素性についても既に調べはついております。ですが、幾つか不明瞭な点があります」
「何ですか」
「貴女の元の名は、マリウラ・ハットゥンですね」
「元の名?」
セインはつぶやく。意味がわからない。
「……ええ、調べがついているのでしょう?」
「ランサム侯爵領の街エシレで、破産したハットゥン家から飲み屋に七年前売られてきて、五年前にランサム侯爵家に引き取られた」
「ええ。ランサム侯爵がどうしても、というから買い取らせてやりましたわ」
「そして五年間で、王子の元に近づくだけの教養やマナーを身につけ、一昨年、王都の社交界にデビューということで、セイン殿の前に姿を現した」
「その通りよ」
「素晴らしい努力ですね」
「皮肉かしら」
「いいえ、本気で誉めているのです。貴女のその経歴が本物であるならば、ハットゥン家が没落する時には既に教育らしいものは受けていなかったはず。そして売られた先は飲み屋。美貌の女性になると予想されたことから、姿がやつれる様な労働はさせられなかったとは言え、それ以外の細々とした客あしらいは受けていたと思われます。その状況から、たった五年で、侯爵令嬢として疑われない程度に学んだということは素晴らしいことです」
「……」
マリウラは黙った。
ここで糾弾されるだけなのか、と思っていたのに、どうやら当初自分があざ笑う予定だった相手は本気で誉めている様だった。
「さて、貴女にお聞きしたいのは、現在のお父上ということになっているランサム侯爵のことです」
「お父様がどうしたというのてすか」
「本日、侯爵は出席なさってますか?」
「い、いえ、本日は私が名代で……」
ふっ、と彼女は視線を周囲に渡らせる。居ない。
「でしょうね。こちらに!」
するとバルバラの合図で、徽章をつけた騎士が二人、やや乱れた服装の男を連れてきた。
「お父様!」
「やれやれ、本当に調べがついていたとは」
マリウラの現在の「父親」、プレデト・ランサム侯爵がそこには居た。