マクラエン侯爵はゆっくりと真ん中の席に近づいて行く。
そして立ったまま、バルバラにこう言う。
「……辺境伯令嬢は長いこと生きてきて、五度程見知ったことがありますが、裁判になるのは初めてですな。宜しく願いますぞ」
「お座り下さいマクラエン侯爵。この様なことにならないことが本当は最も良いことなのです。私も最悪の結果にならないことを願っております。そのために、出席する方々の正直な――正確であるかは、記憶違いということもありますので、こちらの調べと付き合わせ致します。現在侯爵が判っていらっしゃることをお話いただければ宜しいのです」
周囲からややほっとした空気が流れる。
出席していた貴族達はともかく困惑していた。
この、おそらくは生涯初めて出くわす事態に対し、どう反応していいのか、そのくらいのことを言えばいいのか、その基準が判らなかったのだ。
マクラエン侯爵にかけたバルバラの言葉は、貴族達全員に対してのものでもあった。
彼等の頭はフル回転しだす。
どの程度正直に言えば、自分の家が危険にさらされないか、過去何か落ち度は無かったか、と。
「まず、バーデン・デターム子爵ないしは、その家族が本日出席していないことについて、マクラエン侯爵はご存じですか」
「否」
老人は首を横に振った。
「デターム子爵家は我が一族の中でも飛び地の領地に住む家。それ故本家家長の儂には格別行動が耳に入っても来ない辺り」
「では、一族の中で、どなたが一番デターム子爵に近いですか?」
「む」
老人は目を伏せ、腕を組み、一分程黙って考える。
「ワイドヘン男爵家か、メルトゼン男爵家、もしくはコイゼル子爵家」
「ではそのお三方、このまま前に」
下位爵位の者が集まっている辺りから、それぞれの家から出てきている三人が歩いてきた。
「お一人ずつどうぞ」
するとまず二十歳くらい――セインと同じくらいの青年が立ち上がった。
「ワイドヘン男爵家、後継者のアイヒです。バーデン・デターム子爵は母の従兄にあたります。その関係で自分が子供の頃時々我が家に来たことがあります。ですが、ここ五年がところ顔を見せたことはありません」
「判りました。では次」
次に立ち上がったのは、中年の婦人だった。
「メルトゼン男爵夫人アルテです。バーデンは私の弟にあたります。彼は三年程前まではよく我が家に訪れていました。おそらくは、私の家が彼の領地から最も近いからでしょう」
「飛び地、とありましたが」
「はい。デターム子爵領は、隣のトアレグ王国との国境を越えた、飛び地にあります。彼は許可証を持っておりますので、我が国と自領をそれで往復しておりました」
「その飛び地、と言いますか、そちらのお宅と国境が近いのですか?」
「私は最も近場の爵位とそれ相応の資産のある男爵家に嫁いだ身です。領地はございません。国境近い都市で両替商をしていたのが、現在のメルテゼン男爵家です」
「なるほど、近場であることは訪問の機会が多いということもうなづけますね」
夫人はよろしいです、という言葉で座った。