「もう勘弁ならない! バルバラ・ザクセット! お前とは婚約破棄だ!」
第一王子がそう言った瞬間、場の空気が凍った。
この日は彼の誕生日ということで、王宮で盛大なパーティが開かれていた。
国王王妃、そして多数居る側室とその子全て集合、更には王都に在住している貴族達全てと騎士達も勢揃いしていた
なお、この「勘弁ならない」の言葉の前にはこの言葉がある。
「前々からお前は辺境伯ごときの娘だというのに、俺の婚約者というのが気に食わなかった。俺の下の王子達の婚約者は皆公爵か侯爵の令嬢だ。なのに何だ、辺境伯の娘とは! 礼儀も何も知らない、皆見てみろ、このパーティにおいてすら、相応しい装いもして来ないとは!」
確かにバルバラ・ザクセットの格好は他の令嬢達に比べ質素だった。
少なくとも見た目は。
首元をきっちり留めた襟元も、決して王都の流行にはそぐわない。
そして他の令嬢達の様にきらびやかな宝石等を付けている訳でもない。
そんな彼女の真逆とも言える様な令嬢をセインは呼び、引き寄せ。
「俺はここに、マリウラ・ランサム侯爵令嬢との婚約を宣言する!」
そう言った瞬間だった。
「何を言っておる!」
王の声が飛んだ。
座から立ち上がり、今にも長男の元に走り出しそうな勢いだった。
「父上、何をそんなにうろたえておられますか? 今までのこの女の存在自体が、俺には相応しくないものではなかった、そう思われませんか?」
一方、言われた側のバルバラ・ザクセットは落ち着いた表情のまま、軽く顎を動かした。
その仕草そのものがセインの神経を更に苛立たせる。
こんな時にも涼しい顔か! と更に言葉を連ねようとした。
が。
「皆様、お聞きになりましたか?」
バルバラは周囲をゆったりと見渡す。
周囲の貴族の雰囲気はそれまでと変わっていた。
誕生パーティの浮かれた雰囲気はそこには既にはなく、できればすぐにここから立ち去りたい、と言いたそうなものに変わっていた。
セインもそれには何となく気付いたのか、焦って周囲を眺め渡す。
すると父王だけでなく、王妃がその場に崩れ落ちていた。
そして母である第三側妃はドレスの裾を持ち上げ息子の元に駆け寄ると、胸元を掴み上げ、ぱんぱんぱん、と勢い良く、思い切り頬を打った。
「……お前は…… お前は一体何をしたのか、判っているのですか!」
「母上一体…… 何をおっしゃっているのですか? 俺は俺の正当な権利を」
「
第三側妃は周囲を見渡し、王の好んだよく通る声で問うた。
「……そう…… 貴方には何も言う程の意味も無いと思ったのね…… 判りました。バルバラ嬢、いえ、帝室派遣官様、この馬鹿者と、馬鹿な我々にしっかりと裁きをお願いいたします」
そして第三側妃は、その場で胸のロケットに隠し持っていた丸薬を飲み干した。
うっ、と一瞬うめくと、彼女の身体はそこに崩れ落ちた。
「は、母上!?」
「これは実に見事な態度。何故この様な優れた貴婦人から、貴方の様なうつけ者が誕生したのでしょうね、セイン・チェイルト、そして国王
彼女はそう言うと、胸元を開き、そこから大きな宝玉を付けた帝国の紋章のペンダントを取り出した。
「この場をもって、皇帝陛下の代理人、帝室派遣官バルバラ・ザクセットはチェイルト王家における裁判を始めます」