「今宵、貴方の命、頂戴しに上がります」
このような予告状、いや殺人予告をターゲットに送り付け、どれ程の警備も防犯機能もすり抜け、予告通り殺害して見せる――そんな怪盗、
いや怪討が、街を騒がせていた。
―――歓喜の声で。
それは何故か。怪討が殺す<ぬすむ>のは、民衆から巻き上げた血税で暴利を貪る悪徳地元議員・ひいては政治家達だからだ。
古くは日本の石川五右衛門、あるいはロビン・フッド然り、その手段が犯罪であろうと、"民衆のアク"を討つものは歓迎されるものだ。
それは警察関係者内であれ例外ではなかった。市民を守りたくて警察に入ったのに、誰が好き好んで立場が偉いだけのクズを守らねばならないのか。警察のメンツのため怪討は発見したら確保する"ポーズ”はしなければならず、その際反撃を受けて痛い目は見るものの、それもクズが消えてくれるならば安い対価だ。
「――く………、」
そんな様子を苦々しげに見つめるのは、この道まだまだルーキーの新米刑事、ローランド。
彼の憤りの元は想像しやすいであろう。
確かに前よりこの街は住みやすくなった。
だが、それが殺人鬼による私刑によるものだというのが許せないし、それを囃し立てる街の住人達、同僚達の有り様は見ていられない。
だが街の治安が良くなることは良いことのはずで――と、正義感と冷静に事態を客観視する感情に板挟みになる、若さ故の懊悩に苦しんでいた。
「まーったく、湿気た面しやがって。良い男が台無しだって何時も言ってるじゃねえか」
相棒の刑事のモリソンが隣の席に座る。
「だって………異常な………はずじゃないか。人が死んで、それを喜ぶなんて。確かに<ぬすまれて>行ったのは悪い奴等だったさ。だからって………もっと、正常な裁きを受けさせて、その上で――」
「何が正常で何が異常か――果たしてそんな比較に意味はあるのかねー」
「え?」
何故だろう。モリソンの周囲の空気が突然重くなったように感じる。
「大体お前、正しい正しいって言っちゃいるが、ふとした拍子にズルッと
お前が悪と呼んだ奴らの側になる。
そんな可能性だって、まるでゼロだとはあ………良い切れないんじゃあねえか?」
そう言われ、いつもなら馬鹿を言うなと切り返せただろう。だが今は、モリソンの言葉が脳内のシナプスを支配するばかりで身動ぎひとつ出来ない。やがてモリソンがこちらに手を伸ばしてきた。まるで"あちら側"へ押し出すように――。
ぽん、と軽く肩を叩かれた。
「つってな!どうよ、俺の演技力。学生ん頃は演劇部だったんでぜー?!
――っとぉ?」
無線で怪討の予告状発見の通信が入る。
「っし! じゃあ行こうぜ相棒!大捕物ゴッコだ!!」
「………あ、ああ」
何が正しく何が間違いないか。
少なくとも今夜においては、予告状は正しく実行され、アクが一人滅びることは間違いない。