私はテレビに向かっていた。リアルタイムでドラマを見ていた。つまりそれは。時計から目を背ける。私は間違いなくその時、現実逃避をしているのであった。
「先生?」
ふと声が聞こえた。保健室の扉が開かれる。その生徒は、私が護る立場の職務にありながら、まるでその必要を感じさせないような、しっかりした目をしている女の子である。
「ああ」
私はふっと我に返る。そうは言ってもややぼんやりしていて、半ば慣れた通りに、慣性で茶を淹れ、その子に提供する。
ありがとう、と礼を言われ、生徒は髪をいじりながら私の前に座る。
「な、何か?どうしたの?」
私は、業務時間外なのをいいことに、気が抜けているのか、曖昧な態度をしてしまう。
すると、その生徒は私に言った。
「らしくないですね、先生」
私はその意味がよく分からなかった。ただ黙ってその子の話を聞いてしまう。もちろん、それはそれで良いのかも知れないが。
すると、生徒はいつものように、一人で勝手に語りだす。
「例えば保健室の先生なんかは、まあ大変なお仕事だと思います。自身の気持ちや自我を押し殺して、クライアントのケアに徹さなければならない。客という言い方が正しいかは知りませんが、ある種それは客商売に近しい」
私は、その言葉に耳が痛くて、ついよそ見をしてテレビの方を向く。すると生徒は、やはり勝手に続きを話す。
「いいんじゃないですか?というより、先生自身に余裕が無いと、こういう仕事はやっていられない。であれば当然、ある種の悪戯というか、こうやって夜中にテレビを見る事も、事実有り得るというもので」
私はそれについて、一回だけ反論をしてみた。
「どうやって、入ってきた?」
「うふふ」
その女の子は、手に持った鍵をみせびらかした。
「私みたいな不良生徒の話も、先生はゆっくり聞いてくれるでしょう?」
それを聞いて私は、自分の顔が歪んだのを感じた。
「ああ……何か食べるかい?」