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第31話

無言で海星は車を走らせる。

私もなにも言えなかった。

来た道と反対方向へ走り、山を下りて街に入る。

少しして見えてきた大きめのホテルに彼は車を入れた。

チェックインを済ませ、彼は私の手を掴んで進んでいく。

部屋の中に入った途端、抱き締められた。


「ごめん」


短い彼の声は、深い後悔で染まっていた。


「なんで海星が謝るんですか?

悪いのは私です。

海星を……海星を社長にしてあげられなかった」


あんなに海星が愛してくれたのに、どうして私は先月、妊娠できなかったのだろう。

食べ物が悪かった?

それとも生活?

どんなに後悔しようと、私が一士本部長の奥様より早く妊娠できなかった事実は変わらない。


「ごめんなさい、ごめんなさい。

私が早く、妊娠できなかったから。

私が妊娠できなかったから、海星を社長にしてあげられなかった」


口からは謝罪の言葉しか出てこない。

それ以外、なにも言えなかった。


「ごめんなさい、ごめんなさい。

役立たずな私でごめんなさい」


「花音……」


ひたすら謝罪し続ける私を海星がぎゅっと強く抱き締める。


「いいんだ。

言っただろ?

どうしても社長になりたいわけじゃない、って」


「でも、でも……!」


「花音は悪くない。

悪くないんだ」


私の謝罪をやめさせようと、ますます海星の腕に力が入った。


「……海星」


胸を押してその腕の中から逃れ、彼を見上げる。

汚れた眼鏡ではよく表情が見えないが、それでも戸惑っているのはわかった。


「なんで私を責めないんですか……?」


彼が私を責めないのはわかっていた。

だからこそ、私は私が許せない。


「私を責めてくださいよ。

なんで俺を社長にしてくれなかったんだって罵ってくださいよ」


彼の胸を拳で叩き、感情をぶつけた。

じっと私を見つめたまま、海星は固まっている。


「……花音は俺に、罰してほしいのか」


なにも言わず、訴えるようにただ彼を見上げた。


「わかった」


頷いた彼が私を見下ろす。


「花音は一士の妻より早く妊娠して、俺を社長にできなかった。

だから」


一度、言葉を切り、海星が私の頬に触れる。


「一生、俺のもとから離れるのは許さん。

なにがあっても花音は俺のものだ。

別れるとか絶対に許さない」


私を見つめる、レンズの奥の瞳は揺るがない。


「……そんなの」


「ん?」


「そんなの、ご褒美じゃないですかー」


言い替えれば一生、海星は私と一緒にいるということだ。

それは私の望むところで、罰になっていない。


「そうか?

喧嘩して俺を嫌いになっても、別れられないんだぞ?」


からかうように海星が笑う。


「嫌いになったりしません」


「そうか」


再び私を抱き締めた海星の腕は優しい。

優しいからこそ、自分が嫌になる。


「俺は社長になれなくても、花音がいさえすればいいんだ」


「でも、会社、は」


一士本部長が社長になり、会社が潰れて迷惑をかける従業員の、関係会社のために社長になりたいのだと言っていた。


「一士が社長になったからって、いきなり会社が潰れるわけじゃないからな。

そのあいだにできることを外からするよ」


小さく海星が肩を竦める。

この人はこんなにもいっぱい考えている。

そんな彼を社長にできないのはやはり、惜しい。


「それに俺は、花音に感謝している」


「感謝、ですか……?」


私から離れた海星はソファーに座り、隣をぽんぽんした。

意味がわかり、そこに座る。

彼は私から眼鏡を取り、ポケットから出した眼鏡拭きで拭いてくれた。


「そう。

結婚報告で実家に行ったとき、怒ってくれただろ?

しかも花音はこの家の嫁にはならないと言っていた。

なんかそれで、もうこの家から自由になっていいんじゃないかって思えたんだ」


再び彼が、私に眼鏡をかけさせてくれる。

海星がそんなこと、考えているなんて知らなかった。

私はまだ、彼のすべてを理解していなかったんだな。


「だから花音には感謝してる。

俺をあの家から解放してくれてありがとう」


笑った彼は晴れ晴れとした顔をしていた。

少しは私、海星の役に立てたのかな。

だったら、いい。


「でもさ。

一士に子供ができたって聞いて、羨ましかったんだ」


「羨ましい……?」


なんだかんだいってもやはり、社長になりたかったのかと思ったものの。


「俺も、花音との子供が欲しい」


気がついたときにはソファーに押し倒されていた。


「社長になれるとか関係なく、花音との子供が欲しいんだ」


「……あっ」


耳朶に口付けを落とされ、甘い吐息が漏れる。


「私も海星との子供が欲しい」


自分から彼を引き寄せ、唇を重ねた。

互いに、ただ貪りあうキスをする。

唇が離れ、もどかしそうに海星はジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを緩めた。


「……花音。

愛してる」


「あっ」


彼の唇が身体に触れたところから幸せが広がっていく。

私の服を脱がせ、海星は私を幸福感に溺れさせていった。


散々私を達せさせたあと、ゆっくりと彼が私の身体の中に押し入ってくる。


「ん……あ……ああ……」


すっかり慣らされている私の身体は、それだけで歓喜に震えた。


「気持ちよさそうだな」


「うん……」


うっとりと髪を撫でられ、頷いた。


「最初は気持ちいいと思えないとか、ちょっと苦痛だとか言っていたくせに」


ゆるゆると彼が動く。

奧のさらに奥から引きずり出される快楽はつらいが、そのつらさが私に喜びを与えた。


「それはっ、海星がちゃんと、私を愛してくれたから……!」


ただ子供を作るためだけに抱かれていたら、やはりこの行為はあまり好きにはなれていなかっただろう。

でも海星は最初から丁寧に私を愛し、私も気持ちよくなれるように気遣ってくれた。

今では海星に抱かれるのが嬉しい、全身がそう叫んでいる。


「花音!」


海星の唇が深く重なる。

互いに求めあいながら、彼の動きは次第に余裕のないものへと変わっていった。


「愛してる。

花音を愛してる。

花音は一生、俺のものだ」


「愛してる、海星を愛している。

一生、離れたりしない」


指を絡めて手を握りあう。

ラストスパートだと彼の動きが激しくなり、ふたり一緒に絶頂を迎える。


「ああーっ!」


「うっ。

……はぁーっ」


海星が深い息を吐き、閉じた瞼を開けた。


「今日こそ絶対、子供できたよな」


「絶対です」


私の下腹部にのる彼の手に、私の手を重ねる。

これ以上ないほど、幸せだった。

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