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第23話

あれから予約を入れられ、強制的に病院へ行かされた。

綺麗な病院でちゃんと女性医師のところへしてくれているのが憎い。


「綺麗な子宮ですね」


エコーで確認してそう言われたときにはほっとしたものだ。


ストレスと冷えが原因じゃないかと、漢方を処方された。

高志と付き合っているときは無意識にずっとストレス下にあったし、ここ一ヶ月はさらに高いストレスがかかっている。

きっとそうだろうなと納得した。


「花音、おはよう」


「……おはようございます」


今日も海星さんが私をキスで起こしてくれる。

相変わらず彼は私に甘い。

でも、それに浸っていいのかわからない。




その三連休は海星さんに温泉旅行へ連れていかれた。


『たまには違う環境のほうが妊娠しやすいかもしれないだろ』


……らしい。

あと、プレ新婚旅行もかねているらしいけれど。


朝は遅めの時間に出た。

というか私が起きられない。

明日からそういう旅行に行くというのに、相変わらず海星さんが激しく求めてくるからだ。


「途中でお昼食べてゆっくり行けばちょうど、チェックインの時間くらいに着くと思う。

途中、なにかあったら気兼ねなく言ってくれ」


「わかりました、ありがとうございます」


今日はプライベートだからか車はSUVだ。

滑るように車は進んでいく。

海星さんは運転がとても上手だ。

急ブレーキとか急ハンドルとかよほどのことがなければ、ない。

無理な割り込み運転とか当然、しないし。


「寒くないか」


「大丈夫です」


私の生理痛の原因が冷えだとわかってからは、いろいろ気遣ってくれる。

冷え性に効くらしいといろいろ入浴剤も揃えてくれた。

よく淹れてくれるホットミルクも最近、生姜が追加された。

美味しくて好きだと言ったら気をよくしたのか毎晩、寝る前に淹れてくれるようになって、お気に入りだ。


途中、美味しいピザを堪能させてもらい、宿に着いたのはチェックインが始まる時間くらいだった。


「ここ、ですか?」


「ああ」


鬱蒼と木が生い茂る敷地内を車は進んでいく。

五分ほど走ってようやく、建物が見えた。


「凄い建物ですね」


「だろ?」


それは重文指定されていてもおかしくないほど、古くて立派な和建築の旅館だった。

しかしそこで車は止まらず、まだ進んでいく。

さらに五分ほど走り見えてきた、小さな家のような建物の横に海星さんは車を停めた。


「ようこそいらっしゃいました」


私たちが車を降りるのと同時に、中から宿の人らしき着物姿の女性が出てくる。

たぶん、女将だろう。


「よろしく頼むよ」


女将に案内されて中に入る。

部屋は広い座敷になっており、その向こうに日本庭園が見えた。


「離れなんだ」


そっと海星さんが教えてくれる。

調度はアンティーク調でお洒落だ。

庭側のガラス障子には部分的にステンドグラスがあしらってある。

ふすまにもモダンというのがぴったりな水彩画が描いてあり、大正時代にでもタイムスリップしたみたいだ。


「気に入ったか?」


無言でうんうんと頷いていた。

こんな素敵なお部屋が気に入らないはずがない。


「よかった」


嬉しそうに海星さんが笑い、私も嬉しくなった。


お部屋でチェックインを済ませる。

ウェルカムドリンクだとスパークリングの日本酒が、おまんじゅうと一緒に出された。


「おまんじゅう?」


意外な気がしながら口に運ぶ。

中は白あんだが、ほのかにチーズの香りがする。

それが甘口のスパークリング日本酒と、あう。


「意外とあうな」


海星さんも同意だったみたいで、感心していた。


「帰りに買って帰ろう」


「そうですね」


うちでもぜひ、楽しみたい。


「風呂、入らないか」


ちょいちょいと海星さんが手招きした向こうには、半露天の檜風呂があった。


「そう……」


そこまで言って、止まる。

今のこれは〝一緒に〟ってことなんだろうか。


「えっと……」


「いまさら恥ずかしがらないでいいだろ」


しれっと海星さんは言ってくるが、いつもはダウンライトで薄暗い寝室で抱かれているのだ。

こんな明るい時間だと、なんというか恥ずかしさが倍増というか。


「どうせ眼鏡がないから見えない」


「そう……ですね?」


だったらいい……のか?

いやしかし、この二泊三日は爛れた生活をするためにきたのだ。

これくらい、平気じゃないと困る。


「じゃあ……」


「うん」


若干の疑問は残るが、一応は納得した。


それでも一緒に服を脱ぐのはアレで、先に海星さんに入っていてもらう。


「お待たせしました……」


ノー眼鏡ではよく見えないのでそろそろと浴室へと入る。


「気をつけろよ」


「はい……」


ぼんやりと見える視界を頼りに海星さんの隣に浸かって気づいた。


「……眼鏡」


「は?」


「なんで眼鏡、かけてるんですかー!?」


そう。

彼の顔の上には今まで見たことがない、グレー縁のプラスチック眼鏡がのっている。


「風呂用眼鏡だが?」


なに当たり前のこと聞いてんの?

とでもいう感じだが、さっき「眼鏡がないから見えない」って言いましたよね……?


「俺はかなり目が悪いからな、眼鏡なしで知らない風呂は危ない」


それはそうだろうけれど!

なんか負けた気がするのはなんでだろう……?


「……私も眼鏡かける」


「待て」


勢いよく立ち上がり、眼鏡を取りに行こうとしたものの、海星さんに止められた。


「普通の眼鏡を風呂で使うと熱と湿気で劣化する」


「うっ」


眼鏡が壊れるのは、困る。

しかし。


「でも自分だけ眼鏡とか狡くないですか」


「言っただろ?

俺は眼鏡なしだとよく見えないから、特に初めての風呂は危ない」


確かに海星さんはかなり目が悪い。

私は眼鏡がなくても携帯の画面なんかは確認できるが、彼は顔をくっつけるようにして見ていた。


「それより」


こちらを向いた海星さんの手が、私の脇の下に入る。


「ここに来い」


「えっ、ひゃっ!」


さらに持ち上げるようにして彼の上に足を開いて座らされた。

そのまま角度を変え、浴槽の縁に彼が寄りかかる。


「これだと俺の顔がよく見えるから問題ないだろ」


すかさずちゅっと彼は口付けしてきた。


「そういう問題では……」


「そういう問題。

あと、花音も眼鏡をかけているとキスしにくい」


ちゅっ、ちゅっ、と軽く重なる唇は、次第に長く、深くなっていく。

そのうちぬるりと彼の舌が入ってきた。

ぬるり、ぬるりと下が絡まり、頭の芯が痺れて海星に溺れていき――。

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