酷い腹痛と頭痛で目が覚めた。
「お腹痛い、頭痛い……」
「大丈夫か?」
ベッドに蹲ったまま、海星さんが渡してくれたカップを受け取る。
中身はホットミルクで、薬を飲む前に飲むように言われた。
そういう気遣いは本当にありがたい。
「今日は休め。
俺が連絡入れとく」
「そういうわけには……」
とはいえこの状態では働ける気がまったくしない。
「生理痛と二日酔いのダブルパンチじゃ仕方ないだろ。
無理はするな」
「ううっ、じゃあ午前休で……」
「全休だ」
薬を飲んだ私の頭を枕に押さえつけ、呆れ気味に海星さんはため息をついた。
「あと、生理痛は病気の可能性があるらしい。
予約入れておくから今度、病院行ってこい」
カップとグラスを片付け、彼が戻ってくる。
「病院、ですか……?」
「ああ」
なぜか海星さんは私の枕元に座った。
「そこまでしなくてもいいのでは……?」
彼が私を心配してくれているのはわかる。
けれど、もしそれでなにか病気が見つかり、私が妊娠できないとわかったら……?
「なにか大きな病気だったら大変だろ。
調べておくに越したことはない」
大真面目に彼が頷く。
「それはそう……ですが」
妊娠できないと結果が出たら海星さんはどうするのだろう。
想像するだけで、怖い。
「そんなに心配することはない。
悪いところがあれば治せばいいだけだろ」
私の頭を軽くぽんぽんし、彼が立ち上がる。
「今日は俺も休んで……」
「え、そんな必要ないです!
うっ。
いたたたた……」
海星さんが全部言い終わらないうちに止めた。
しかし大きな声を出して勢いよく起き上がったせいで、盛大に頭痛が増す。
「ほら、そんな大きな声を出すから……」
手を貸し、彼はまた私を寝かしつけた。
「すみません……」
ちょっと情けなくて泣きそう。
「でも、休んで看病とかほんと、いいので。
ただの生理痛と二日酔いです。
寝てれば大丈夫ですから」
うんうん、これくらいで看病とか大袈裟すぎる。
それに二日酔いがなかったら今日も仕事に行っていたし。
「いや、でもな……」
「大丈夫!
なので!
うっ、いたっ」
力一杯、言い切ったせいでまた頭痛がした。
「……わかった」
私があまりに頑なで呆れたのか、海星さんが小さくため息をつく。
「でも、なんかあったらすぐ連絡しろ。
接待は断って早く帰ってくる」
「だから接待断るとかしなくていいので……」
「俺が!
心配なんだ!」
噛みつくように言われ、降参だと手を上げた。
「病気じゃないとわかってても、花音が苦しんでるのになにもできないってどれだけもどかしいかわかるか?
だからこれくらいさせろ」
本当に苦しそうに彼が顔を歪ませる。
「……はい」
気圧され気味に再び枕に頭を預けた。
そうか、海星さんはこんなにも私を心配してくれるんだ。
生理痛で唸っていても「メシは?」とか言ってきた誰かさんとは大違いだ。
「じゃあ、俺はいってくるけど。
なんかあったら連絡しろ。
すぐに帰ってくる」
「だか……」
そこまでしなくていいと言いかけて止まる。
そうしないと海星さんの気が済まないし、安心できないのだ。
「……わかりました」
今度は素直に頷いた。
私の旦那様はどうも、心配性の過保護なのらしい。
「なるべく早く帰ってくる」
「いってらっしゃい」
私の額に口付けを落とし、海星さんは仕事に行った。
「お腹痛い……。
頭痛い……」
ひとりになって布団の中で丸くなる。
それでも薬が効いてきたのと、昨晩もこんな状態でぐっすり眠れなかったのでうとうとしてきて、そのうち眠っていた。
――夢を、見た。
「一士の妻が妊娠した」
冷たい目で海星さんが私を見下ろす。
「俺は社長になれなかった」
ごめんなさい、すみません。
謝罪し、必死に取り縋るが彼はかまってはくれない。
「お前はもう、用済みだ」
吐き捨てるように言い、踵を返して彼が去っていく。
待って、待って!
私はあなたを――。
「愛しているの!」
自分の叫び声で目が覚めた。
「はっ、ははは……。
酷い、夢」
私の口から乾いた笑いが落ちていく。
現実の海星さんがあんなことを言わないのはわかっている。
わかっているのにこんな夢を見るのは、私の心がまだ高志に縛られているからだ。
「ピアス、あけたのに……」
無意識に手が、耳のピアスに触れる。
高志を断ち切るためにあけたピアスだが、いまだに私は彼から逃れなれない。
……ううん。
それだけじゃない。
海星さんがただの道具である私を愛しているという理由がわからない。
わからないから「愛している」という言葉は、高志と一緒で私を言いように利用するためではないかと疑ってしまう。
うなされたせいかびっしょりと汗を掻いた身体は気持ち悪く、シャワーを浴びる。
「……愛してる、か」
夢の中で去っていく海星さんに向かって叫んだ台詞を思い出し、嘲笑が漏れた。
……そんなふうに思っていたんだ、私。
道具のくせに何様だよ。
私は道具。
ただの道具。
一士本部長だってそう言っていたではないか。
道具の私が愛されるとかないし、道具の私が愛するとかあってはならない。
着替えながらナプキンがもう少なかったから買いに行かなければと思う。
汗を掻いたせいか二日酔いは治っていたし、生理痛も動けるくらいまでには治まっていた。
これなら午後出勤できそうだが……海星さんが滅茶苦茶心配しそうだから、ここは甘えて休んでおこう。
「え?」
リビングへ行ったらなぜか海星さんが帰ってきていた。
「ただいま」
キスしてくるのはいい……いや、よくない。
まさか仕事を休んできたとかないよね?
「どう、したんですか?」
戸惑いつつ聞く。
「ん?
ちょっと時間ができたから抜けてきた。
昼食が必要だろ?」
彼が紺色のエコバッグからお弁当にサンドイッチ、おにぎりにゼリーにヨーグルト……と大量に出し、テーブルの上に並べていく。
「なんなら食べられるのかわからなかったからな。
とりあえず思いつくもの全部買ってきた」
にぱっと人なつっこい笑顔で彼が笑う。
「あと、これも」
さらに出てきたのは私が使っているナプキン、しかも夜用、多い日用、普通の日用と三種類揃っていた。
「えっと……。
どうしたんですか、これ?」
食料はわかるが、さすがにこれは理解ができない。
買ってきてくれたのは助かるけれど、恥ずかしくなかったんだろうか。
「ん?
間違ってたか?
一応銘柄は確認していったが……」
少し不安そうに海星さんが聞いてくる。
「間違ってはないですが……」
「なら、よかった」
嬉しそうに笑われ、なんか全部どうでもよくなった。
食事をする時間はあるというので、海星さんと一緒にお昼を食べる。
日持ちするものはいいが、賞味期限当日のものがいくつもあるし。
「具合はどうだ」
心配そうに眼鏡の下で彼の眉が寄る。
「多少、お腹が痛いくらいであとはすっかり」
「それはよかった」
海星さんはあきらかにほっとした顔をした。
「だから、接待断るとかしないで大丈夫ですよ」
出社はやめておこうと決めたが、午後からは家でできる仕事をするつもりだ。
海星さんも私が朝よりずっと調子がいいのはこうやって確認したんだし、そこまでしないでいいはず。
「もう断った」
さらりと言って海星さんはお弁当を食べている。
断ったのをさらにもう一度入れろというのもアレだし、まあいいか。
「食欲あるみたいだし、夜は食べたいもの買ってきてやる。
なにがいい?」
「そうですね……」
私の旦那様はとにかく私に甘い。
でも、これはきっと同情からだ。
それ以外に道具の私に優しくする理由なんて、ない。