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第21話

一士本部長が次のジョッキを掴もうとしたところで制止が入った。

ジョッキを押さえた手の先を辿っていくと海星さんの顔が見える。


「飲み過ぎだ、一士」


「ああっ!?

兄貴面するなよ、半分しか血が繋がってねぇくせに!」


一士本部長は海星さんからジョッキを奪い取り、一気に喉へと流し込んだ。

げふっと上がってきた炭酸を吐き、じろりと周囲を一士本部長が睨めつける。


「だいたいテメーらだって愛人の息子なんかより、正統派の跡継ぎの俺が社長になったほうがいいって思ってんだろ!」


誰もなにも言わない。

言えるわけがない。


「ほら、みんなそう思ってるから黙ってるんだろ。

テメーはオレの下で、オレのために働けばいいんだよ」


一士本部長が海星さんの額を突く。

おかしくもないのにゲラゲラ笑ったかと思ったら、一士本部長はそのまま後ろ向きにばたりと倒れ込んだ。


「……寝た」


「……寝たな」


おそるおそる、数人が警戒しながら一士本部長をつついて確認するが、大いびきを掻いていて起きそうになかった。


「みんなすまんな、迷惑をかけて」


海星さんが申し訳なさそうに頭を下げる。


「いいですよ、盛重本部長が悪いわけじゃないので」


代表するように右田課長が応え、ほとんどの人が同意なのか頷いた。


「ここの払いは俺がしておくからみんな帰れ。

あと」


財布からお札を数枚抜き、近くにいる人に海星さんが渡す。


「これでみんな、タクシー使え」


「えっ、そこまでいいですよ!」


一瞬、受け取りかけた彼は海星さんへと押し戻した。


「いいから。

迷惑料だ。

それにみんなかなり酔ってるから危ないしな」


海星さんが笑い、その場のみんなもようやく笑った。


撤収は早く、残ったのは海星さんと私、一士本部長と右田課長だけになった。


「右田課長も早く帰ってください」


「いえ。

私は盛重本部長を送っていかないといけませんので」


この盛重本部長とは一士本部長のことだろう。

みんな名前で呼んでいるのに、なぜか右田課長はどちらも盛重本部長で呼ぶのでややこしい。


「いいですよ、俺がどうにかしますから」


「いえ、そこまで盛重本部長の手を煩わせるわけにはいきません。

もうタクシー、呼んでありますので」


頑なに右田課長が断る。

まもなくタクシーがきたと言われ、揃って店を出た。


「じゃあ、本日は申し訳ありませんでした。

盛重本部長は私が責任持って送り届けますので。

では」


「あ、ああ」


一士本部長をタクシーに乗せ、一緒に去っていく右田課長を戸惑い気味に見送った。

なんで右田課長が謝るのだろう。

理解ができない。

そのすぐあとに着いた、海星さんが呼んだタクシーで私たちも帰途に就く。


「今日は悪かったな」


「いえ……」


吐き気こそないが具合はあまりよくない。

ずきずきと下腹部が痛み、じんわりと汗が滲んでくる。

じっと座っているのもつらくて、身体を折り曲げて丸くなった。


「花音!?」


「……お腹、痛い……気持ち、悪い……」


かろうじてどうにか、それだけを絞り出す。


「病院、病院行くか!?

運転手さん、近くの救急がある病院に……」


「薬飲めば大丈夫なので……」


袖を引き、タクシーを病院へ回そうとする海星さんを止めた。


「でも、普通じゃないぞ!

やっぱり病院に」


「ほんと、大丈夫なので。

生理痛で救急とか恥ずかしいのでやめてください……」


「花音がそこまで言うのなら……」


渋々といった感じだが、彼が病院を諦めてくれてほっとした。


じっと辛抱しているうちにレジデンスに帰り着く。


「じっとしてろよ」


「えっ?」


タクシーを降りようとしたら、先に降りていた海星さんに抱えられた。

歩くのもつらいのでおとなしく掴まる。

幸い、誰にも会わず部屋まで辿り着けた。


「花音はもう寝てろ。

あ、いや、トイレに行ったりしないといけないのか?

あれなら俺が支えてやるから言え」


寝室へ直行し、海星さんが私をベッドに下ろす。

履いたままだった靴も脱がせてくれた。


「なにか欲しいものがあったら言え。

あ、水と薬だな!」


ばたばたと彼が部屋を出ていく。

なんか凄い、心配されている気がする。


「ほら」


すぐに戻ってきた彼は、グラスに入った水と薬を渡してくれた。


「ありがとう、ございます」


受け取って薬を飲む。


「他になんかないか」


「……トイレ行ってきて、いいですか」


「あ、ああ。

ひとりで行けるか」


「大丈夫、です」


安心させるように笑みを浮かべ、ベッドを出る。

トイレに行ったついでにメイクも落とした。

寝室に戻ってきて、最後の気力でパジャマに着替える。


「ううっ……」


身体を丸め唸る私の髪を海星さんは撫でた。


「ごめんな、早く助けてやれなくて」


海星さんの声は本当に申し訳なさそうだ。


「……大丈夫、なので」


生理中なのに大量にお酒を飲んだので具合が悪いだけで、いつもどおりといえばいつもどおりだ。

それに悪いのは強引に誘って酒を飲ませた一士本部長で、海星さんではない。


「一士から嫌なことをたくさん言われたんだろ」


私の髪を撫でる彼の手は優しい。


「ごめんな、俺が守ってやれなくて」


どうして海星さんはこんなに私に詫びるのだろう。


「もう二度と、こんなことがないようにする。

本当に、ごめん」


「……謝らないで、ください」


寝返りを打ち、彼の腕を掴む。


「海星さんは悪くない、ので」


「ありがとう、花音」


一瞬、泣き出しそうな顔をしたあと、彼は嬉しそうに笑った。

こんなに私を気遣い、優しい海星さんがあんなふうに悪し様に言われるのは間違っている。

海星さんを卑下する一士本部長を、社長を、母親を見返すには、彼を社長にするしかない。

次こそは妊娠できるように頑張ろう。


薬が効いてきたのと海星さんが髪を撫でるてが気持ちよくて、次第に眠りへと落ちていく。


「花音?

眠ったのか?

おやすみ、俺の愛しい花音」


優しい口付けを最後に、意識は完全に眠りの帳の向こうへと閉ざされた。

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