レジデンスに帰ってきて、海星本部長がコーヒーを淹れてくれる。
「えっと。
じゃあ、ピアスをあけようと思います」
「うん」
テーブルの上にはふたつのコーヒーカップ、それにピアッサーに鏡と、そのほかピアスを開けるのに必要なものが並んでいた。
病院であける話も出たが、自分でやりたいとお願いした。
私の運命を変えるピアスだ、自分自身であけたい。
耳を消毒し、あける場所を決める。
が、鏡は海星本部長が持ってくれているとはいえ、やりにくい。
「俺がやってやろうか?」
「……お願いします」
素直に持っていたペンを彼に渡す。
すぐに彼は左右のバランスを見ながら印をつけてくれた。
「ここでいいと思うが」
「はい、大丈夫です」
鏡で確認すると左右だいたい同じ場所に印が付いていたし、問題ないだろう。
いよいよ、ピアッサーで自分の耳を挟む。
「ちょっと待て」
私の顔を横から見て、海星本部長が印からズレていないか、真っ直ぐになっているかチェックしてくれる。
「うん、大丈夫だ」
彼が頷き、私もあまり顔を動かさないように小さく頷き返す。
目を閉じて小さく深呼吸し、覚悟を決めた。
「いきます」
ぐいっとピアッサーを握る手に力を入れた途端、バチン!と大きな音が耳もとでした。
「大丈夫か?」
穴を開けたのは私なのに、海星本部長のほうが痛そうな顔をしているのはなんでだろう?
同じ行程を繰り返し、反対側にも穴を開ける。
「どうですか?」
ファーストピアスの刺さった耳を彼に見てもらう。
ピアスは石のついているのも選べたが、シンプルなチタンボールのものにした。
海星本部長曰く。
『ちゃんとしたのは俺が選んだのが、最初がいい』
……らしい。
「いいんじゃないか」
ちゅっと軽く彼の唇が重なる。
「これで花音は生まれ変わったな」
「そうですね」
もう過去を――高志なんてすっぱり忘れて思い出さない。
これからは海星本部長と生きていくんだ。
「生まれ変わった花音を抱きたい」
彼の手が私の眼鏡を引き抜く。
少しして唇が重なった。
ちろりと唇を舐められ、自分から口を開けて彼を迎え入れる。
すぐにくちゅり、くちゅりと私たちが立てる水音が静かな室内に響き出す。
「……ん……んん……」
漏れる甘い吐息は私のものか、それとも……彼のものか。
……もっと。
もっと……。
じんじんと頭の芯が痺れ、彼以外なにも考えられなくなっていく。
ただひたすらに海星本部長を求めた。
「あっ……」
ゆっくりと彼が離れていき、私の舌が空中に取り残される。
「物欲しそうな顔をして可愛いな」
その舌先に彼は、ちゅっと口付けを落とした。
それだけでびりりと軽く電流が身体に走る。
「ベッド、行こうか」
手を引っ張った彼は、私を抱き上げた。
「きゃっ」
慌てて、落ちないように掴まる。
見ている人がいないとはいえ、お姫様抱っこは恥ずかしい。
海星本部長はそっと、ベッドの上に私を横たえた。
眼鏡を外し、彼がじっと私を見下ろす。
それだけで心臓がどくん、どくんと大きく鼓動した。
「……花音」
甘い重低音で私の耳を犯しながら、彼が服を脱がせていく。
「生まれ変わった花音にも、俺をたくさん覚え込ませないといけないな」
「あっ」
彼の唇が首筋に触れるだけで甘い声が漏れた。
そのまま指で、舌で、彼は丁寧に私を愛撫していく。
「あっ、あっ、ああーっ!」
海星本部長の手によって絶頂を迎える。
けれど彼はそれで許してくれなかった。
「かいせいっ、ほんぶちょぅっ!
もう、イったから……!」
「んー?
海星本部長じゃない、海星だ」
「あっ、はぁっ、ああっ」
言われた意味を理解しようとするが、快楽が暴れ回る身体ではままならない。
「か、かいせいっ、……さん!」
「海星さんじゃない、海星だ」
「ああっ、あっ」
私はつらくて堪らないというのに、海星本部長は愉しそうなのがわからない。
「ほら、言わないとまたイくぞ」
「はぁっ、ああーっ!」
愉しそうに責められ、途端に目の前で星が明滅する。
もうやめてほしい、そう願うが彼は続けた。
「俺は別にいいけどな、花音がつらいだけで」
やめさせようと彼の手を掴み、嫌々と首を振る。
それでも彼はやめてくれない。
見えなくてもますます愉しそうなのはその空気でわかった。
「ダメ、もうダメだからっ……!」
こんなの続けられたら頭がおかしくなる。
なのに。
「花音が俺を海星と呼ぶまでやめない」
「ああっ!
あっ」
さらに責められ、仰け反った喉に彼は口付けを落としてきた。
敏感になっている身体はそれすら、感じてしまう。
「海星!
海星さんっ!」
早くやめてほしくて言われたとおりに彼の名を叫んだけれど。
「ダメだ」
「なん、でっ……!
ああっ!」
お仕置きとばかりに激しく責められ、また達する。
ちゃんと私は役職なしで彼の名前を呼んでいる。
なのになにがダメなのかわからない。
理由を考えたいのに彼は私を責め続け、その隙を与えてくれなかった。
「ダメ……もう無理……許して……」
「ダメだ。
花音が俺の名をちゃんと呼ぶまでやめない」
懇願するが彼は手を止めてくれない。
頭はぐちゃぐちゃでなにも考えられなくなっていた。
「……〝海星〟。
それだけでいいんだ」
耳もとで囁き、彼が離れる。
「はぁっ、……あっ、海星!
……ああっ、……かいっ、せいっ!
もう無理、おねがいっ……!」
「それでいい」
私の髪をうっとりと撫でた彼は、仕上げだとでもいうのか一層責めを激しくした。
おかげで。
「あっ、あっ、ああーっ!」
今までにないほど激しく達していた。
「いっぱい感じてくれる花音、可愛い」
「あっ、……はっ」
ゆっくりと彼が身体の中に入ってくる。
彼のものが奥に当たり、それだけで軽く達していた。
「キモチイイ?」
返事を促すように彼がこつこつと軽くつつく。
それに黙ってこくんとひとつ、頷いた。
「俺もキモチイイ」
額をつけ、海星がにっこりと微笑む。
その幸せそうな顔にお腹の奥が甘く切なくきゅっと締まった。
「もっと花音に言わせたいことはあるけど……」
身体を離し、彼が私の足を抱え直す。
「今日はもういっぱい苛めたから、やめておこう、なっ!」
「んあーっ!」
その言葉とは裏腹に、海星は思いっきり私を責め立てた。
……嘘つき。
「あっ、んあっ、ああっ!」
抗議したいけれど私の口からは悲鳴じみた喘ぎ声しか出てこない。
「花音、気持ちよさそうだな」
愉悦を含んだ海星の声が僅かに私の耳に届く。
気持ちいいなんてもんじゃない、気持ちよすぎてつらい。
……ううん。
彼に甘美な苦痛を与えられ、身体が歓喜に震える。
「はぁっ、あっ、かいっ、せいっ……!」
「ん?
ああ」
求めるように手を伸ばすと、彼は指を絡めて両手を握ってくれた。
「花音。
奥にいっぱい出してやるな」
はっ、はっ、と海星の少し切羽詰まった、熱い吐息が聞こえる。
それは私の体温をさらに上げ、彼のものをきつく締めつけた。
「だから。
……俺の子を、孕め」
淫靡な重低音で海星が耳もとで囁き、達する。
「あっ、ああーっ!
あっ、あっ、ああぁ……」
彼が達すると同時に私も快楽の階段を駆け抜けた。
「花音」
ずるりと彼が出ていき、それが淋しいと思っているのはなんでだろう。
「今日も可愛かった」
私に軽くキスしながら、汚れた身体を彼が拭いてくれる。
しかもまだぐったりしてる私に、パジャマまで着せてくれた。
「シーツ替えるから、あっちに座ってろ」
さらに私を抱えようとしたけれど。
「もう大丈夫、なので」
断ってひとりでベッドから降りようとした。
また、お姫様抱っこは恥ずかしすぎる。
「おっと」
しかし足がよろけた私を海星さんが慌てて支えてくれた。
「ほら、言うことを聞いておけ」
おかしそうに笑いながらそのまま支えてひとり掛けのソファーに座らせてくれる。
「ううっ、すみません……」
無駄に強がったうえに手を煩わせるなんて情けなさすぎるよ……。
「ちょっと待ってろ」
寝室を出ていった彼は少しして、グラスを片手に戻ってきた。
「喘ぎすぎて喉、乾いてるだろ」
右の口端をつり上げ、にやりと海星さんが笑う。
「うっ、意地悪です……」
でも言われるとおり喉は渇いていたので、グラスを受け取った。
中身はレモンフレーバーの炭酸水みたいだ。
そういえばキッチンに、炭酸水メーカーがあったな……。
私が炭酸水を飲んでいるあいだ、海星さんはシーツをテキパキと交換していっている。
「あの、私が……」
やるべきだよね。
「いや、いい。
どうせ花音はまだへろへろで動けないだろ」
「うっ」
事実過ぎてなにも言い返せない。
「だ、誰かさんが意地悪するから……」
唇を尖らせて抗議したら、そこに口付けを落とされた。
「ほんとに可愛いな、花音は」
さらに、また。
「あんまり可愛いとまた、押し倒したくなるんだけど」
「……それは勘弁してください」
「そうか?」
海星さんは残念そうだが、え、まだいけるの?なんかこの先がいろいろ心配になってきた……。