「これで買い物は終わり……じゃなかった。
花音を怯えさせたお詫びに、なにか買ってやる約束をしたんだった。
なにが欲しい?」
レンズの向こうから海星本部長がじっと私を見つめてくる。
そういえば鰻を食べながらそんな話をした。
が、聞かれても思いつかない。
けれどなにか買ってもらわなければ、彼は納得しそうになかった。
「ん?」
私が黙っているからか、彼が僅かに首を傾げる。
少しのあいだ悩んで、口を開いた。
「あの。
……ピアスが、欲しいです」
ピアスをあけると運命が変わるのだという。
高志との関係は海星本部長が断ち切ってくれた。
なら、ピアスをあけて運命を変え、私自身、高志の軛から解放されたい。
「わかった」
私がどうしたいのか気づいたのか、海星本部長が重々しく頷く。
「影山さん、花音に似合いそうなピアスを見繕ってくれ。
仕事でも使えるヤツがいい。
あと、ファーストピアスも」
「かしこまりました」
頷いた影山さんは機敏に部屋を出ていった。
戻ってきた彼は小さめのケースを手にしていた。
「こちらでいかがでしょう」
目の前で開けられたケースの中にはいくつかのピアスが並んでいる。
「小ぶりのダイヤなどあまり主張せず、お仕事でもよろしいかと思いますが」
「えっ、ダイヤとかじゃなくていいですよ!」
ちょっとしたお詫びで買ってもらうのだ、そんな高価なものじゃなくていい。
「そうか?
俺はいいと思うけどな。
結婚指環とお揃いだし」
並んでいるものからひとつ取り、海星本部長が私の耳に当てる。
「うん、よく似合ってる。
この長い黒髪からちらっと覗くのがいいよな」
眼鏡の下で目尻を下げ、うっとりとした顔で彼は私を見ている。
おかげで顔があっという間に熱くなっていった。
「花音に異論がなければこれを買ってやりたいんだが、どうだろう?」
じっと綺麗な瞳に見つめられ、なにも言えなくなってしまう。
結局、黙って頷いた。
指環とピアス、海星本部長が選んだ数枚の服と靴を持ち帰りにし、あとは届けてもらう手はずになった。
確かにあの枚数を持って帰るのは大変そうだ。
今日も外食で夕食を済ませる。
昨日はお寿司だったが今日は中華だった。
それも〝高級〟が付くところだ。
そこでもやはりそこそこのお値段がするエビマヨが食べたいとは言い出しづらくてまごまごしていたら、苦笑いで海星本部長は頼んでくれた。
好きなものを好きに食べていいとは言われたしわかっているが、彼が連れてくるお店は私には高級すぎて無理。
でも、慣れるしかないのかな。
美味しい中華を堪能させてもらい、家に帰る。
「その。
スーパーに寄ってもらえないでしょうか」
「スーパーに?」
運転しながら海星本部長は不思議そうだ。
「なにか買うものがあるのか?」
「明日の朝食の材料を買いたいんですが……」
あの家の冷蔵庫にはなにも入っていなかった。
食材を買って帰らなければ朝ごはんを食べるのもままならない。
「花音が作るのか?」
「そうですが……」
私が作らなければ誰が作るんだろうか。
それとも作ってくれと言われていると思っている?
いくらなんでもそこまで言わないし、そもそもあのキッチンでは彼が料理ができるとは思えない。
「作らなくていい」
「えっと……」
なにか彼の機嫌を損ねたのかとその横顔をうかがうが、真顔で判断ができない。
「花音が朝食を作ってくれるのは嬉しいがその分、早起きしなきゃいけないだろ?
そんな面倒、花音にかけたくないからな」
早起きさせたくないから作らないでいいなんて言われるとは思わなかった。
この人はどこまで優しい人なんだろう。
「朝食は出勤途中に俺と一緒に摂ればいい。
朝も俺が送っていくしな」
「えっ、そんなの悪いです!」
思わず大きな声が出た。
朝食が毎食、外食なのまではいい。
それが海星本部長にとっては普通みたいだし、私を気遣ってのことだし。
しかし送ってもらうのはダメだ。
それこそ〝そんな面倒〟だ。
「近くでもその分、海星本部長は遠回りしなきゃいけないじゃないですか」
「あのな」
呆れたように小さくため息をつかれ、びくりと固まる。
「花音がいる支社は俺の通勤途中なの。
まあ、ちょっと逸れるがそれでも五分程度だ」
「えっ、そうでしたっけ……?」
慌てて携帯で地図を確認する。
言われるとおり住んでいるレジデンスから本社ビルを結んだ途中に私が所属している支社があった。
「そうなの。
それに俺は花音を目一杯甘やかせるって言っただろ?
もし、一時間遠回りしないといけないところに花音が勤めていても、俺は毎日送り迎えするよ」
「あ、いや、それは……」
……さすがにお断りしたい。
そんな事態にならないように今後、遠くの支社に転勤とかならないように祈ろう。
――それにしても。
真っ直ぐに前を見て運転している彼の顔を盗み見る。
海星本部長はなにかと私を甘やかせたがるしそう宣言しているが、あれはなんなんだろう。
何度もいうが私は彼が社長になるための道具でしかないのだ。
あれかな、今まで可哀想だった私への同情。
うん、きっとそうだ。