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第5話

その後はタクシーで移動し、海星本部長の住んでいるレジデンスに連れ込まれた。

高級住宅街にある低層レジデンスはプールまでついていて豪華だが、本部長の部屋はモデルルームのように温かみが一切感じられなかった。

寝室で私をベッドに座らせ、海星本部長はジャケットを脱いでベスト姿になった。


「いまさらだが、名前は」


私の隣に座りながら、自然に今度は私のジャケットを脱がせる。

そのままダウンライトに落とされた室内で、広いベッドに彼は私を押し倒した。


「坂下花音かのん、……です」


「……花音、か」


甘い重低音が私の鼓膜を揺らす。

彼の手がそっと、私の眼鏡を外した。

海星本部長も眼鏡を外し、私の耳もとへ口付けを落とす。

それについ、顔を背けていた。


「その。

手早く終わらせちゃってください」


「……え?」


少し驚いた感じで彼が身体を離す。


「俺に抱かれるのは嫌か」


ぼんやりと見える顔は私を責めているようにも泣き出しそうにも見えた。


「嫌か嫌じゃないかと言われれば、嫌ですけど。

その、私、こういうのが全然気持ちいいとか思えなくて。

反対にちょっと苦痛っていうか。

なので手早く終わらせてくれると助かり、ます」


情けなく笑って彼の顔を見る。

答えはなく、なにを考えているのかわからない。

もしかして、怒らせたのかな。


「わかった」


了承の返事がもらえてほっとしたのも束の間。


「絶対に俺がキモチイイと言わせてやる」


「ん、んんっ……!」


いきなり、噛みつくように唇が重なる。

ちろりと唇を舐め、親指で口を開かせて海星本部長が舌を捻じ込んできた。

小さく縮こまっていた私の舌を探り当て、彼は音がするほど吸い上げて自分の口腔内へと引きずり込む。

れろり、れろりと翻弄され、なすがままになった。

時折、ちゅっと舌先を吸われて全身が震える。

どこで息継ぎしていいのかわからず、頭がぼぅとしてくる。


……熱い、熱いの。


吐息とともに海星本部長の熱を移され、身体の熱が上がっていく。


……こんなの、ダメ。

こんなキス、知らない。


最後にずっと唾液ごと私の舌を吸い上げ、彼は離れた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


整わない息のまま、海星本部長を見上げる。


「蕩けた顔をして可愛いな」


そっと彼が、私の頬を撫でる。


「こんなキスは初めてだろう?」


それに素直に、こくんと頷いた。


「もっと俺が、気持ちよくしてやるからな」


「んっ」


彼の熱を移され私の身体が変わったのか、それとも先程のキスで今まで入らなかったスイッチでも入ったのか、首筋に口付けを落とされるだけでぴくりと反応してしまう。


私に軽く口付けを落としながら、海星本部長は私のシャツのボタンを外していく。

服なんて自分から脱ぐものだと思っていた。

脱がされるのは初めてだ。

しかも、こんなに甘く。


「可愛い」


私に口付けし、彼は指で、舌で、唇で、丁寧に私を愛撫していった。そのせいか。


「あっ、あっ、ああーっ!」


……初めて、達した。

しかもそれだけでは終わらず、彼は何度も私を天国へと導く。


……こんなの、変になる……!


何度も絶頂を味わわされ、息も絶え絶えに彼を見上げた。


「ああ、何度もイったからだいぶ緩んでるな。

もう大丈夫か」


ようやく気が済んだのか、ゆっくりと海星本部長が私の身体へと入ってくる。


「あっ、ああっ、あっ」


それだけで、身体が歓喜で震える。

そのうちそれは最奥まで行き着き、すべて収まった。


「痛くないか」


私の頬に触れ、額を触れあわせてじっと彼が私を見つめる。


「……だい、じょうぶ、……です」


けれど耐えられなくなって、燃えるように熱い頬で目を逸らしていた。


「そうか」


顔を離し、海星本部長はゆっくりと身体を動かしはじめた。私の様子を見ながら、それは次第に激しくなっていく。


「んんっ、あっ、あっ、ああっ」


ずっとこの行為はただ痛くて苦痛なだけだった。

それでもこれは高志の愛なんだから我慢しなければいけないと思っていた。

でも、今は。


……ダメ、これ……!

溺れそうで、怖い……!


「花音」


不意に動きを止めて海星本部長が私の名前を呼ぶ。

軽く頭から頬を撫でられ、きつく閉じていた目を開けた。


「痛いのか?」


よほど私がつらそうな顔をしていたのか、至近距離まで顔を近づけた彼は、眉間に皺が寄っている。

ああ、そうか、この人は私がつらくないか聞いてくれるんだ。

高志なんて自分さえよければ満足で、私が痛そうな顔をしようとおかまいなしだったのに。

初めて自分が、高志の性処理道具でしかなかったのを自覚した。

本当の愛のあるセックスってこういうのをいうんだ。

そう気づくとともに、これまでの私が惨めになっていく。


「うっ、ふぇっ」


「やっぱり痛いのか!?」


突然私が泣き出し、慌てて彼が出ていこうとする。


「……違うんです」


けれどそれを、手を掴んで止めた。


「きもちよくっ、て」


「気持ちいいなら、なんでそんなにつらそうに泣くんだ?」


顔を近づけて私を見ている海星本部長は完全に困惑しているが、そうなるだろう。


「違うんです、気持ちいいのが嬉しいだけです」


精一杯の顔で笑う。

子供を妊娠すればいいだけなんだから高志のように一方的にすればいいだけなのに、この人はこんなに私を気遣ってくれる。

それだけで多額の借金を背負わされて捨てられた心の傷が、少し癒えた気がした。


「だから、続けてください」


「本当に大丈夫なんだな?」


「はい」


それでほっとしたのか、彼はようやく顔を離した。

しかし。


「ん」


それまで枕を掴んでいた私の手を、彼が指を絡めて握る。


「このほうが少しは安心できるだろ」


海星本部長の大きな手は温かくて、言われるとおり安心できた。


「ありがとう、ございます」


「ん」


額に落とした口付けを皮切りに、彼は私の顔中に口付けを落としていく。

それでも最初は私の反応を確かめながらゆるゆると、けれどまた激しくなっていった。

先程よりも密着しているせいで、海星本部長の熱を、吐息を、すぐ近くに感じる。


「キモチイイ、か?」


「キモチ、イイ……!」


次第に彼の動きが速くなっていく。

それとともに彼の吐息が、なにかを堪えるような切羽詰まったものへと変わっていった。

それを聞いていると身体の奥が、きゅんと切なく締まる。


「もう、……ああっ、む、りっ……!」


身体は快楽の階段を駆け上がりはじめ、もう果てが近いのだとわかった。


「俺、もっ……!」


「あああぁぁぁっ……」


私が天辺を駆け抜けるのと同時に勢いよく彼の子胤が、それを待つ部屋へと吐き出されるのを感じる。


「ほら、気持ちよかっただろ?」


ずるりと私の身体から出ていった海星本部長が、労うようにキスしてくれる。


「はひ……」


いつも終わった後は惨めな気持ちだったのに、今は心地いい疲労が全身を支配している。


「休んでていいからな。

眠かったら寝てもいい」


終わればさっさと先に寝てしまっていた高志とは違い、海星本部長は汚れた私の身体を拭き、下着を穿かせてパジャマの代わりなのか彼のシャツを着せてくれた。


「喉渇いてないか?

なんか持ってこようか?」


本当に至れり尽くせりで、つい数日前との違いに思わず笑ってしまう。


「大丈夫です。

それより傍に、いてくれませんか」


部屋を出ていこうとする彼の腕を掴んで止める。


「いいけど」


足を止めた彼は、私と一緒にベッドに入ってくれた。


「ぎゅっと抱き締めて、『愛してる』って言ってくれませんか」


しばらくの間の後、腕が伸びてきて私を力強く抱き締めた。


「愛してる。

俺は花音を愛してるよ」


「……ありがとう、ございます」


それは本当に、心からの声に聞こえた。

けれどこれは偽りだって、わかっている。

私は海星本部長に買われた、彼が社長になるための道具に過ぎない。

でも今は。

このぬくもりに縋ってはいけないだろうか。

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