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 とても騒がしい舞台が終わった後、奈海は清美から「私は真正面から振られてたんよ。あわよくばーて思ったけどあっさり玉砕。だから、振られたんなら遠慮なく友人の恋路を応援しようと思ってん。でもまさかそれが勘違いされるなんてねー……なんか、ごめんね」と舌をぺろりと出して謝られた。

 そんな事別にいいよ、と返して一緒に帰ろうとしたら、清美は「ダメ!」と校門をくぐろうとする奈海を昇降口へ引っ張った。

 そこには、他の生徒の視線を避ける様に昇降口のロッカーの陰に隠れた拓がいた。


「恋人記念日なんだから、ちゃんと一緒に帰りなさい」


 そう言って、清美は可愛らしい笑顔を振りまいて颯爽と去っていった。

 追いかけようとしたが、拓に腕を捕獲され「だーめ、逃がさない」と言い笑顔を向けられたので、奈海は観念するしかなかった。





 そうして、文化祭が終わり他の生徒が帰っていく中。

 奈海と拓は、校門の隅で色んな人に振り返られながら額を突き合わせていた。

 こうなったのは、「他の奴に幸せ見せつけたい」という拓の希望で、よく目立つ場所というものが校門とのことでここに来たのだ。

 今までいろいろ酷いことをした自覚があった奈海は素直に応じたのだが、ここに立って数秒で、拓の願いに応じたことを猛烈に後悔していた。

 校門というものは全ての人が必ずといっていいほど通る場所。

 目立つ場所で交際宣言し、全校生徒にカップルだと知られているとは言え視線に晒され続けるというのは目立った生き方を全くしてこなかった奈海には高速で穴を掘って入って埋まっていたいレベルの恥辱をされている状態だった。



「ごっつ……見られてて、ハズイんやけど」

「だからこうして視界を俺だけにしてるんやん?」

「むしろこの状態が余計に注目されてるってぇ……」


 顔を覆おうと奈海が手を出すと「ダメダメ、俺に見えんから。ちゃんと顔見せて。やっと遠慮なく見れんねんから」と言いながら掴んでくる拓の手に阻まれ、真っ赤な顔をそのまま晒すことになってしまった。


「やだーもー、遠慮してよー」

「もうせーへん」

「いきなしこんな恥ずい状況んなったらホンマキャパオーバーやってぇ。無理やってぇ……」


 目じりに涙を浮かべ視線を逸らす奈海。

 その涙に、ふと、恋に落ちた瞬間のあの時を拓は思い出した。


「そういえばさ、何であの時泣いてたん?」

「あの時ぃ? ……いつ?」

「ほら、夏休み終わってすぐの日。屋上んとこ行く階段で泣いてたやん」

「……ああ、あれ……や、たいしたことないよ。気持ちに余裕なかっただけで――」

「え、誰かに振られたとか?」

「ちゃうわあほぅ」


 拓の食い気味の質問に反射的に顔を上げた奈海は、視線を伏せていてあまり意識せずにすんだ拓の整った顔を真正面から見てしまい、そのせいで余計意識してしまい慌てて視線を下げた。

 距離を離したくても、背には壁があって何もできないのが悔しい。

 ――のに、悪い気はしない自分がなんだか下心ありすぎるケダモノのように思えて、奈海は何とも言えない昇華できない高揚した気持ちを持て余していた。

 カッと熱くなる身体に、頭がクラクラしていた。


「……おじいちゃんが、入院して。それが悲しくて泣いてただけ」


 とにかく今の高揚した状態から抜け出そうと、ぶっきらぼうではあるが、今の状況とは関係ない話題にそのまま乗っかった奈海は端的に事実を告げた。

「別に亡くなるとかそんなんじゃなくて、お祖母ちゃんのことがあったからそれ思い出してみたいな……」とごにょごにょと続けながら視線を宙でさまよわせていく。

 その恥じてまともに顔を見ようとしてこない初々しい姿に「ククっ」と拓が喉を鳴らして笑うと「もー! ほら、しょーもないやろ。もう聞かんといて、見んといて」と顔を真っ赤にし奈海は唇を尖らせた。


「ヤダ、見る」


 強引に顎をひっつかみ、拓は奈海の顔を強引にあげさせた。


「ちょ、ホンマ。皆見てるから、ヤダって。恥ずかし――」

「俺のもんて証明、するぐらいいいやろ」


 顔の距離が、距離をなくして。

 吐息が交わって。

 今まで一番近い距離でくっついて。

 その温度は、柔らかい部分で触れ合って。

 その感触に硬直している中、否応なく突きささってくるのを感じる視線があって。


 唇が離れた瞬間、奈海は額をごつっと拓の胸元にぶつけた。


「いって、おま、何すんねん」


 それに対して、奈海はもう一度頭突きをすることで答える。

 そして拓の胸元に隠れるように顔を埋めて「あほぅ。ホンマ――」と言葉を切って、顔を上げた。

 目尻一杯に涙を溜めた真っ赤な顔で。


「アンタはあほや。ホンマ、大嫌い」


 今の状況を脳内で処理しきれずにいるその表情は、精一杯恋をしている顔で。

 たくさんの女子から告白されている拓にはわかる表情で。

 でも、奈海のそんな顔を見たことなどないから、滅多に見ない初めての表情でもあって。


「バーカ、そこは大好き、やろ?」


 幸せで、嬉しくて。

 ふわふわと浮き上がり、このまま昇天できそうなこの気持ちを。

 余すことなく奈海に伝えたくて、拓はもう一度奈海に顔を近づけた――











 ――私たちは、まだ青い

 成長しても、それは大きいようで小さな一歩。

 そうして私たちはまた明日も、精一杯の青い日々を歩んでいく。


 そうやって、青い日々からゆっくり抜け出して。

 私たちは青を抜け出した大人になるんだ。

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